第669話 ルーズベルトゲームを越えて

 6回裏終了時点で、7対7。

 8対7の試合をルーズベルトゲームというらしい。

 その辺のうんちくは他に譲るが、いずれにせよ次の1点をどちらが取るかによって、試合の流れが決まるような気がする。


 そんな事をレフトの守備位置につきながら、考えた。

 するといきなり強い打球がレフトに飛んできた。

 あーあ。

 僕は一歩も動かず、その打球を見送るしかなかった。

 打ったのは8番の渡嘉敷捕手。

 この回からマウンドに上がったルーカス投手にしては、珍しく軽率な一球だった。


 これで8対7。

 そしてツーアウトから2番の与田選手にもソロホームランを打たれ、9対7。

 それほどホームランが多くない2人の一撃により、川崎ライツベンチ、そして球場内の一部を占める川崎ライツファン席は、お祭り騒ぎである。


「ワタシ、キョウ、フチョウダッタネ」

 何とか2失点でしのぎ、ベンチに戻ったルーカス投手を労うと、タオルを肩にかけたまま、ルーカス投手は落胆した声で言った。

「まあ、そういう時もあるさ。まだ2点差、逆転してやるよ」

 僕はそのように声をかけ、通訳が訳した。 

 するとルーカス投手が爆笑している。

 なんで?

 僕は何か面白いことを言ったか?


 さて7回裏、ラッキーセブンの攻撃は、8番の武田捕手からの打順である。

 武田捕手はバッティングはあまり得意ではない。

 だからホームランなんて、年に1、2本しかお目にかかれない。

 そしてその1本がここで出た。

 これで点差は8対9。

 今日のお客さんは滅多に見れないものを、幾つも見られてさぞ満足しているだろう。


 そしてこの回は我が二匹のしもべを含め、後続が凡退し、チェンジになった。

 次の回は僕からの打順だ。


 8回表のマウンドには、我がチームが誇るKLDSの一角を占める、大東投手が上がった。

 今年、御年40歳を迎えるが、その円熟味を増した投球が冴え渡り、三者連続内野ゴロに打ち取った。

 これで流れが、変わるような気がする。

 そしてそれは、次の回、先頭の僕が出塁できるかにかかっている、かもしれない。


 この回から川崎ライツのマウンドには、スミス投手が上がっている。

 190cmを越える長身から、160km/h越のストレートを投げ込むエグい投手だ。

 チェンジアップも投げてくるので、ストレートだけに的を絞れない、厄介な投手だ。


 初球、真ん中高めへのストレート。

 ファール。

 手のひらが痺れている。

 僕は軽く手を振り、バットを握り直した。


 2球目。

 外角へのチェンジアップ。

 ストライクゾーンギリギリに決まったが、手が出なかった。

 どうしてもさっきの速球の残像が残っている。 

 これでノーボール、ツーストライクと追い込まれた。

 

 3球目。

 真ん中高めへのストレート。

 バットがでかかったが、こらえた。

 判定はボール。

 何しろ飛び上がってくるように見えるので、一瞬ストライクゾーンに見えてしまう。

 

 4球目。

 今度は内角へのストレート。

 これは見切った。

 ツーボール、ツーストライク。

 何とか並行カウントまで持ってきた。


 そして5球目。

 外角へのチェンジアップだ。

 僕はうまく右方向に打ち返した。

 打球はライト線上に飛んでいる。

 落ちれば長打コースだ。


 そして一塁に到達する直前、フェアーゾーンに落ちたのが見えた。

 僕はもちろん二塁に向かう。

 そして三塁コーチャーの澄川さんが腕を回しているのが、視界に入った。


 よし、行ったろうやないけー。

 アウトになっても、澄川さんのせいにすれば良い。

 セーフ。

 送球が来たものの、足から滑り込んでセーフ。

 僕は三塁上で、札幌ホワイトベアーズベンチの方を向いて、ガッツポーズした。

 

 4球目の内角へのストレートを踏まえて、ここは外角へのチェンジアップが来るとヤマを貼っていた。

 もしここでストレートが来たら、間違いなく三振していただろう。

 結果オーライ。


 さてこれでノーアウト三塁、迎えるバッターは4番のティラー・デビッドソン選手。

 同点に追いつく、千載一遇の大チャンスだ。 

 もちろんここでは、ホームスチールは頭にない。 

 ここは4番打者の打棒に委ねる。


 川崎ライツの内野陣は、中間守備である。

 同点までは仕方がない、ということだろう。  


 ティラー・デビッドソンがゆっくりとバッターボックスに入った。

 頼むぞ、ティラー。

 せめて同点にしてくれ。 

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