第668話 作戦発動
6回表が終わって、7対6。
凄い試合になってきた。
さて6回裏、この回の先頭バッターは僕。
鬼頭投手を励ました手前、何とか塁に出たいところだ。
川崎ライツのマウンドには、仁藤投手。
逆転したので、勝ちパターンの投手を投入してくる。
僕は川崎ライツの内野陣の守備隊形を見渡した。
もちろんセーフティバントには警戒している。
そりゃそうだろう。
初球。
外角へのストレート。
見送ってボール。
セーフティバントを警戒して、一球外してきたのかもしれない。
2球目。
内角へのストレート。
見送ったがストライク。
3球目。
外角へのカーブ。
手がでなかった。
判定はストライク。
うーん、追い込まれた。
4球目。
外角へのストレート。
手がでなかった…。
だが判定はボール。
助かった…。
さすが勝ちパターンの投手。
打てるようなボールは投げてこない。
5球目。
外角低めへのストレート。
僕は流し打ちした。
打球は一二塁間の真ん中を抜けていった。
ライト前ヒット。
我ながら芸術的な見事なヒットだ。
「さあ、ホームに帰りますからね」
僕は一塁ベース上からそう呟いた。
視線の先には、鬼頭投手。
不景気な暗い顔で、ベンチの隅で佇んでいる。
リーリーリー、さあ、リーリーリー。
仁藤投手はじっとこっちを見ている。
そして立て続けに牽制球が2球来た。
もちろんいずれも余裕で帰塁した。
チームにとって貴重なランナー。
無駄死にはしない。
そして初球。
僕はスタートを切った。
そしてティラー・デビッドソンはヒッティングした。
打球は一二塁間を抜け、僕は三塁まで進んだ。
ヒットエンドラン成功、というのは結果論。
僕は自分の判断で走り、ティラー・デビッドソンは自分の判断で打った。
僕の盗塁で、セカンドがベースカバーに入っていたことが功を奏した。
もしセカンドが定位置だったら、ダブルプレーだったかもしれない。
ツキは我にあり。
これでノーアウト一、三塁と絶好のチャンスだ。
次は5番のブランドン選手。
仮に内野ゴロでダブルプレーとなっても、同点には追いつく。
1番まずいのは三振と内野フライだ。
バッターボックスに入ったブランドン選手と目があった。
彼は小さくうなづいた。
ゴロを打てと言うんだろ。わかっているぜ。
まるでそのように言うかのようだ。
そして初球。
高めのストレートを打ち上げた。
ショートフライ。
さつき頷いたのは何だったんだ。
これでワンアウト一、三塁に変わった。
でも大丈夫。
6番は下山選手。
今日は6という数字に縁があるようなので、何かやってくれるだろう。
だが下山選手はあえなく三球三振に倒れた。
ダメじゃん…。
かくなる上はあれしかない。
そうあれだ。
バッターボックスには7番の道岡選手。
通算打率.290越えの好打者だが、今季は打率.235と苦しんでいる。
ノーアウトランナー一、三塁が、ツーアウトランナー一、三塁に変わってしまっており、無得点の可能性が高くなってきた。
僕は一塁ランナーのティラー・デビッドソンにアイコンタクトした。
あれ、やろう。
ティラー・デビッドソンはヘルメットの左耳のガードをさわった。
「了解」のサインだ。
ツーアウトなので、仁藤投手はバッターに集中している。
もちろん一塁ランナー、そして三塁ランナーの動きを眼で追っている。
そして初球。
外角へのストレート。
ギリギリ入って、ストライク。
そして2球目。
投げた瞬間、一塁ランナーのティラー・デビッドソンはスタートを切った。
だがティラー・デビッドソンはすぐに一塁ベースに戻った。
キャッチャーは送球しようとしたが、取りやめた。
この間の投球はボール。
カウントはワンボール、ワンストライクとなった。
そして3球目。
投球と同時に僕はスタートを切った。
一塁ランナーのティラー・デビッドソンもスタートを切っている。
そしてバッターの道岡選手は三塁側にプッシュバントをした。
セーフティスクイズだ。
これは川崎ライツも予想していなかったようで、サードの三野選手が突っ込んできて、素手で拾い上げて一塁に送球した。
道岡選手が一塁に到達したのと、送球が一塁のボックス選手が捕球したのはほぼ同時に見える。
判定はセーフ。
僕はもちろん同点のホームを踏んだ。
してやったりだ。
ちなみにこれはベンチのサインではない。
僕とティラー、そして道岡選手との間で立てていた作戦だ。
ちなみにこういう作戦は幾つか用意してある。
何度も使える作戦では無いので、ここぞという時に使うことにしている。
兎にも角にも同点に追いついた。
6回裏を終えて、7対7。
凄い試合になってきた。
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