第665話 近所の公園にて

 岡山ハイパーズとの3戦目は、結局延長戦となり、10回裏にサヨナラ負けを喫した。

 

 チームはトンネルから抜け出せていないが、僕個人としては3打数2安打とヒットを打てたので、とりあえず良かった。


 明日からはホームに戻っての川崎ライツ戦であり、今日は移動日である。

 岡山から新千歳空港への直行便は1日1便しかないため、基本的にチーム全員での移動となる。

 もつとも羽田空港乗り継ぎであれば、本数は多いので、孤独を好む、根暗な谷口などは、あえて乗り継ぎ便を選んだりする。


 新千歳空港に着いたら、今日は個人練習だ。

 練習しても良いし、休養に充てても良い。

 僕は軽くバッティング練習で汗を流すことにした。

 昨日の試合でヒット2本を打ったとは言え、決して当たりは良くなかった。

 少しでも良い感覚を持って、明日の試合に臨みたい。

 

 室内練習場に入ると、谷口がすでに打ち込みを終わり、汗だくででてくるところだった。

 どうやら朝一番の羽田空港経由の便で帰ってきたらしい。

 こいつは特技は野球、趣味は練習、好きな飲み物はプロテインという変態であり、ちょっと僕には真似できないし、したくもない。


 バッティングピッチャーに投げてもらって、50球ほど打ち込みをした。

 しかしバッティングピッチャーというのも、大変な仕事だと思う。

 選手を気持ちよく打たせるため、何よりもコントロールが重要だ。

 そして時には何百球も投げる。

 肩が商売道具なので、そのメンテナンスにも気を配る必要がある。

 こういう裏方の方々に支えられて、気持ちよく野球ができているのだ。


 家に帰ると、翔斗が待ち構えている。

 今日もカラーバットとゴムボールで野球ごっこをするようだ。

 最近は野球に興味を持ってくれたのは嬉しい。


「ほら、いくぞ」

 下手投げでゴムボールを投げ、それを翔斗が打つ。

 我が子ながら、構えは様になっており、なかなか素質はあるのではないだろうか。

(こういうのを親バカと言います。作者より)


 パシッ。

 翔斗が打ったゴムボールを素手でキャッチした。

「取らないでよ」

 翔斗がむくれている。

「ゴメンゴメン」


 もう一球投げる。

 ジャストミート。

 バシーン。

 部屋のペンダントライトに直撃し、揺れている。

 ゴムボールなので、大した衝撃ではない。


「やったー」

「ナイスバッティング!!」

「ナイスバッティング、じゃないの。

 こんな狭い部屋で野球やらないでくれる。

 結茉に当たるでしよ」

 結衣に怒られた。


 仕方がないので、翔斗を連れて、近くの公園に行く。

 自宅マンションから、徒歩3分くらいのところに縦20メートル、横10メートルほどの公園がある。

 その半分には遊具が設置してあり、半分には小さな山があり、それ以外の場所は芝生となっている。


 北海道のちょっとした大きさの公園には、小さな山があることが多い。

 なぜかというと、小さい子供がそり遊びや、スキーの練習をするためだ。

 雪国ならではだろう。


 その公園の芝生で、翔斗と野球もどきの続きをやっていると、近くの小学校に通う子どもたちが数人、自転車に乗ってやってきた。


「あれ?、あの人、高橋隆介じゃねぇ?」

 そのうちの一人が僕に気がついた。

「本当だ。高橋隆介だ」

 これこれ、呼び捨てはやめようね。


「うえー、スゲー」

「マジで高橋隆介?」

「おおっ、初めて見た」

 そんな事を口々に言いながら、子供たちが群がってきた。

 

 困ったな。

 人気選手は辛いね。

 すぐ身バレしてしまう。


「高橋選手、サインください」

 ちゃんと選手とつけたね、よしよし。

 

 僕は余程時間がない時以外は、なるべくサインを断らないようにしている。

 だが今日は翔斗も一緒であり、あまり時間がない。

 

 だが、こういう時のために、ちゃんと備えがある。

 僕はボディバッグから、カードケースを取り出した。

 これは球団支給の写真付きカードに、僕のサインを入れたものだ。(もちろん直筆)

 時間がある時にサインをしておき、こういう時に配るのだ。


「わあ、ありがとうございます」

 1人1人に手渡すと、歓声が湧き、みんな喜んでくれている。

 素直で可愛い子供たちだ。


 この中から、将来プロ野球選手になる子が出るかもしれない。

 もしそうなれば、その子もきっと求められれば、このようにサインを書いてくれるだろう。

 野球人気の維持のためには、そういう連鎖が続けば良いと願う。

 ささやかながら、それに貢献できたなら嬉しい。

 翔斗の手を引き、帰路につきながら、そんな事を思った。

 



 

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