第664話 ラッキーチャンスをもう一度?
三打席目は5回表に回ってきた。
しかもノーアウト満塁の場面である。
3回表に1点を加えて、2対0としたものの、須藤投手が3回裏と4回裏に岡山ハイパーズ打線につかまり、4対2と逆転されている。
ここで一本打ったら同点、長打なら逆転となる。
僕は打席に入る前に例のキーホルダーを取り出して、祈った。
ヒットを打たせてください。できればツーベースヒット、あわよくばスリーベースヒット。
もっと言えば、ホームランなど打たせて頂けるとありがたいのですが。
そしてゆっくりと打席に入った。
岡山ハイパーズのマウンドには引き続き、ギャレット投手。
そして初球。
チェンジアップが真ん中高めに甘く入ってきた。
完全な失投だろう。ごっちゃんです。
これもあのキーホールダー効果か。
僕は思い切り振りぬいた。
会心の当たりだ。
バットの真芯に当たった打球は、鋭いライナーで三塁線を襲い…、サードの本田選手のグラブに吸い込まれた。
え?、マジ?
そして本田選手はそのまま三塁ベースを踏み、一塁に投げた。
三塁ランナー、一塁ランナーとも戻れずにアウト。
つまりトリプルプレーだ。
なんてこったい。僕は天を仰いだ。
会心の当たりだったのに…。
ほんの少しずれたら、間違いなく外野に抜けていた。長打になったかもしれない。
ちょうど本田選手がグラブを出したところに、ピンポイントで打球が飛んでしまったのだ…。
畜生。なんて日だ。
僕は大声で叫びたい衝動にかられたが、すごすごとベンチに戻った。
そして第四打席は8回表の先頭打者として巡ってきた。
点差は4対3と1点負けている。
札幌ホワイトベアーズにとって、1番から始まるこの回に追いつかないと苦しくなる。
つまり先頭打者の僕が塁に出られるかどうかが、この試合の趨勢を左右すると言えるだろう。
僕は打席に入る前に、例のキーホールダー(2代目)を取りだして、握りしめた。
さっきの打席はトリプルプレーとなったが、当たりは悪くなかった。
打ったところに、ちょうど野手がいたというだけだ。
そしてあわよくばホームラン、などと欲張ったのが、良くなかったのかもしれない。
ここは謙虚な気持ちで祈ろう。
ヒットでなくても、どんな形でも良いです。
塁に出させてください。
そしてホームに帰らせてください。
これぞ、フォア・ザ・チーム。
僕のこの姿勢を、首脳陣の方々は、ちゃんと見てくれているだろうか。
そしてスリーボール、ワンストライクとなった後の5球目。
内角にストレートが…、おい、こっち向かってくるぞ。
「チッ」
僕はとっさにかがんで避けたが、投球はヘルメットを掠めた。
もちろんデッドボール。
反射神経が並外れて優れている僕だったから、良かったものの、並の選手なら大怪我をしていたかもしれない。
確かに出塁という願いは叶ったが…。
いずれにしてもチームにとっては貴重な先頭打者の出塁だ。
ここはバントの上手い谷口。
正攻法でランナーを二塁に進めるだろう。
僕は一塁ベース上で、サインを確認した。
やはり送りバントだ。
そりゃそうだ。
ここでもし盗塁に失敗したら、せっかくの反撃の機運も萎んでしまう。
幾ら頭のイカれた首脳陣達でも、ここは無理をしないだろう。
そして谷口はキッチリと初球をバントし、僕は二塁に進んだ。
あとは湯川選手かデビッドソンのヒットでホームに帰るだけである。
岡山ハイパーズの外野陣はかなりの前進守備をとっている。
これでは幾ら球界屈指のイケメンスピードスターとは言えど、ワンヒットでホームに帰るのは難しいかもしれない。
そして湯川選手は一二塁間をキレイにゴロで破った。
ライトの石動選手は強肩だ。
さあどうするんだ。
壊れた信号機、じゃなかった三塁コーチャーの澄川さんを見ると、腕を回している。
よし破れかぶれだ。
ホームに突っ込んでやる。
三塁を回った瞬間に、ちらっとライトを見ると、ちょうど石動選手が送球するところだった。
タイミング的には微妙かもしれない。
もっともアウトになっても、三塁コーチャーの責任だ。
でもチーム思いの僕としてはセーフになってほしい。
相手の楠捕手はこっちの方に身を乗り出している。
もちろんコリジョンルールがあるから、ホームベースは空けているが、タイミングは微妙か。
僕はホームに滑り込んだ。
「スコーン」
またかよ。 ワンパターンにも程があるだろ。
送球はヘルメットに当たって、ファールゾーンで弾んでいる。
ベンチに戻りながら、あのキーホールダーをポケットから取り出すと、案の定割れていた。
一応願いを叶えて、お役御免ということか。
でも願いが叶ったとしても、送球が身体に当たったり、デッドボールを受けるのはちょっと…。
やはり神頼みは自分には合わないと思った。
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