第661話 ラッキーアイテム?

 熊本ファイアーズとの三連戦は何とスイープ、つまり三連敗を喫してしまった。

 この間、僕は11打数1安打。

 良い当たりが野手の正面をついたり、相手の好守に阻まれたり…。

 ついてない、どうすりゃいいのさ、レディ、なんて愚痴をこぼしたくなるアラサーの僕である。


 そして岡山へ移動してもチーム、そして僕の不調は変わらない。

 2連敗を喫し、打っても5打数0安打。

 何とかフォアボールを選んで3回出塁したが、ヒットがでない。

 チームは5連敗で4位に転落し、僕は後半戦16打数1安打だ。

 

 岡山ハイパーズとの3試合目の試合前練習で、僕は麻生バッティングコーチを摑まえた。

「麻生コーチ、僕の何が悪いのでしょうか」

「あ?、そりゃ頭と性格だろう。

 あとちゃんと顔を洗っているか?

 何か暗い顔をしているぞ」


「そりゃ、これだけ不調が続くと、顔も暗くなりますよすよ」

「だめだな、笑う門には福来るということわざもあるだろう。辛いときこそ、笑え」

「でも不振の僕がベンチでヘラヘラしていたら、かえって顰蹙を買いませんか?」

「うーん、まあそれもそうだな。

 じゃあお祓いしたらどうだ。

 あとはラッキーアイテムを持つとか…」


「ラッキーアイテム…ですか?」

「ああ、そうだ。

 そう言えばちょうど良いものがある」

 そう言って、麻生コーチがポケットから、キーホールダーを取り出した。

 金色で楕円形の形をしており、真ん中に赤と緑の石が埋め込まれている。


「何ですか?、それ」

「おう、これはな、幸運を呼ぶ石をはめ込んだ、キーホールダーだ。

 これを持っているだけで、運気が上がるものだ。

 どうだ、これが欲しければ譲ってやるぞ」

「…、それ、幾らするんですか?」

「ほんの安物だ。77万円だ」

「な、ななじゅう…?」

「ああ、これで運気が上がるなら安いものだろう」

「……」


 麻生コーチは副業でこんな物を売っているのか?

 これってコンプラ上、まずくないか?

 そう言えば、コンプラ違反の外部通報窓口があったよな。

 えーと、確かロッカールームに電話番号が貼ってあったはすだ。


「というのはもちろん冗談だ。

 これは先日、7歳になる娘がプレゼントしてくれたものだ」

「あ、そうなんですか」

 良く見ると、石はプラスチックであり、子供のお小遣いで買えるくらいのものだろう。

 でも若干、本気で売りつけようとした魂胆が垣間見えたような気がするが、気のせいだろうか。


「これを貸してやる」

 僕はそれをつまみ上げた。

 こんなものが効果あるのか?


「こら、汚いものをつまむように扱うな。

 俺の宝物なんだぞ。騙されたと思って、これをポケットに入れて打席に立ってみろ」

「はぁ…。じゃあ詐欺にでもあったと思って、ありがたくお借りします」

「何か引っかかるが、まあ良い。

 お前が打てないと、チームの勝敗に直結するからな。頼むぞ」

「はい、頑張ります」


 というわけで、藁にも縋る気持ちで、麻生バッティングコーチからキーホールダーを借りて、ユニフォームの後ろポケットに忍ばせた。


 今日のスタメンは次の通り。


1 レフト    高橋

2 ファースト  谷口

3 ショート   湯川

4 センター   デビットソン

5 セカンド   ブランドン

6 ライト    下山

7 サード    道岡

8 キャッチャー 上杉

9 ピッチャー  須藤


 今日は久しぶりの1番だ。

 無心でバッターボックスに入れるようにという、首脳陣の配慮と受け取った。

 よし、結果を恐れず思い切ってやろう。


 そう考えながら、僕は1回表の打席に向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る