第658話 頭痛の時間がやってきた…
この回、フォアボールやエラーも絡んで、更に2点を追加した。
いきなり4対0。
上機嫌でベンチに帰ると、盛り上がっているチームメートと首脳陣をよそに、広報の新川さんがため息をついている。
どこか具合でも悪いのだろうか?
札幌ホワイトベアーズの先発は、バーリン投手。
今シーズンはここまで4勝4敗とあまり調子が上がっていなかったが、今日はスイスイと投げている。
点差があるので大胆に投球しているのが功を奏している。
そしてその後も駒内選手の数年ぶりのホームランなので、加点し、見事9対1で勝利した。
ということは当然…。
まあ、あまり目立つのは好きでないが、お呼びとあれば仕方がない。
呼ばれて、飛び出て、ジャジャジャーンみたいな。
……………………………………………………………
初回に先制点を挙げ、 先発のバーリンが好投し、また効果的に追加点を取り、理想的な試合展開である。
ベンチの雰囲気はとても明るく、球場の多くを占めるファンの方々も楽しそうだ。
恐らく札幌ホワイトベアーズ関係者の中で、この状況を苦々しく思っているのは、多分自分だけだろう…。
いやそんな事を思っていはいけない。
それはわかっている。
でもこのまま行けば…。
試合はそのまま、札幌ホワイトベアーズが快勝した。
ヤレヤレ、頭痛薬と胃薬を飲むか…。
勝利の歓喜の輪がほどけ、三々五々、ロッカールームに戻っていく。
そんな中、アイツとアイツはベンチに残って声をかけられるのを待っている…。
はあ、よりによってこの二人かよ…。
仕方がない。
僕は重い腰を上げた。
「高橋…」
「はい、何ですか?」
わかっていながら、済ましてこんな風に言うのも腹が立つ。
「ヒ、ヒーローインタビュー…」
「えー、僕がですか?」
マジ、ムカつく…。
ぶっ〇してやろうか…。
そんな事が頭を掠めたが、そこはもうアラフィフの大人。
大きく深呼吸した。
「結果的に決勝点となる、先制タイムリーだからな。打のヒーローはお前だろう」
不本意ながらという言葉が、喉元から出かかったが、何とか飲み込んだ。
「あまりこういう場は好きじゃないんですけどね。
まあ、お呼びとあれば仕方がありませんね。
呼ばれて、飛び出て、ジャジャジャーン、って感じてすかね」
僕は思った。
もし一生に一度、拳銃の銃爪を引くことが許されるなら、その権利は今行使したい…。
「ということで、頼むぞ」
この頼むぞには、ヒーローインタビューに出てくれという意味に加えて、余計な事を言ってくれるなよ、という意味も含まれている。
そのニュアンスをTが感じ取れることは無いだろうが…。
そして同じく済ました顔で、ベンチに座っているバーリン投手のところへ言った。
こいつもわかっていながら、声をかけられるのを通訳と待っている。
僕は通訳に話しかけた。
「投のヒーローということで、ヒーローインタビューお願いできますか?」
通訳が訳す。
それをバーリン投手は神妙な顔して聞き、そして驚いた顔をした。
そして通訳に英語で何かを伝えている。
「えーと、自分何かで良いんですか。
他にも相応しい方がいると思います、とのことです」
心にも無いことを…。
「ええ、今日の勝利はバーリン投手の好投によるところが大きいので、是非お願いします」
また通訳が訳し、バーリン投手が英語で返す。
「まあ、こういう場はあまり得意では無いんですが、お呼びとあれば仕方がないですね、とのことです」
この野郎…。
そう思ったが、顔に出さないように作り笑顔を浮かべた。
「はい、お願いします。できるだけ簡潔にお願いしますね」
そう最後に伝えた。
通訳の言葉を聞いて、バーリン投手が何かを長く話している。
「僕は口下手なので、あまり話すことが得意ではありませんが、何とか頑張ります。
昔、僕の母親がよく言っていました。
沈黙は金、雄弁は銀だと。
僕は幼い頃から、それを心に刻んでおり、例えば…」
「すみません、そろそろ呼ばれるので準備お願いします」
そう言って、僕はその場を離れた。
「それでは本日のヒーローをお呼びします」
ヤレヤレ、頭痛の時間がやってきた…。
どうか、神様、何事も無く終わりますように。
僕は無信教者だが、このときばかりは神に祈った。
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