第657話  なるか?、先制点

 岡山ハイパーズとの2戦目は、4タコを喫し、打率も下がってしまった。

 得点圏のチャンスに2回打席に立ったが、いずれも凡退し、チームも敗れてしまった。

 まあそんな日もある。

 切り替えていこう。


 そして3戦目。

 相手チームの先発は、左腕の蒔田投手だ。

 威力のあるストレートと、ツーシーム、フォーク、チェンジアップを操るプロ4年目の投手だ。

 今シーズンはすでに7勝を挙げており、チームにとってはとても厄介な相手だ。


 だが僕は昨シーズン、ホームランを打つなど(533話)、なぜか相性が良い。

 タイミングが合うのか、その端正な顔つきに苛ついて気合が入るのか、要因は良く分からないが…。


 1回裏、先頭の湯川選手がフォアボールで出塁し、谷口が送りバント…、かと思いきやバスターエンドラン。

 これがものの見事に決まって、ノーアウト二、三塁で僕の打順が回ってきた。


 よしよし、苦しゅうない。

 我が忠臣たちが僕の打点のチャンスを用意してくれた。

 前にも述べたようにノーアウト二、三塁はごっちゃんです、状態である。

 三塁ランナーは足の速い湯川選手なので、転がせばほぼ確実に1点が入る。

 外野フライでも良いし、ヒットならもっと良い。

 ホームランなら最高だ。


 さあ我が下僕たちが用意してくれた、大チャンス。

 ありがたく頂くとしよう。

 僕はバッターボックスに立った。

 左対右であり、僕にとっては蒔田投手の球は出どころが見やすく、打ちやすい。


 初球。

 ツーシームが内角に来た。

 僕は仰け反って避けたが、僅かにユニフォームをかすった気がした。

 もちろんアピールなどしない。

 球審にデットボールを宣告されたら仕方がないが、そうでなければ打たせてほしい。


 僕は済ました顔でバッターボックスに入り直し、球審もデットボールの宣告はしなかった。

 しめしめ。


 そして2球目。

 今度は外角へのストレート。

 見逃してボール。

 これでツーボールだ。


 3球目。

 またしても外角へのツーシーム。

 ボールにも見えたが、ファールとした。

 もちろんこれは撒き餌である。

 もしスリーボールになったら、勝負を避けられる恐れがある。

 そしてタイミングを合わせる意図もある。


 ツーボール、ワンスストライクのバッティングカウント。

 ここはもう一球外角に来ると読んだ。

 そしてそのとおり外角低めへのストレート。

 うん、良い球だ。

 でも外れているね。 

 見送ってボール。


 カウントはスリーボール、ワンストライク。

 もちろん相手バッテリーとしては最悪フォアボールでも良いと考え、まともにストライクは来ないだろう。そう決めつけてはいけない。

 5球目。

 真ん中低めへのフォークだ。

 僕はうまくバットで拾い上げた。


 打球は右中間に飛んでいる。

 取るなよ、取るなよ。

 取ったら◯す。

 そう願いながら一塁に向けて走ると、うまくライトとセンターの間に落ちた。

 そして我が家来は2人ともホームインした。

 僕は送球の間に二塁に進み、軽く手を挙げて声援に応えた。

 やっぱりホームで打つと気持ち良いね。


……………………………………………………………


 ヤバいことになった。

 額に冷たいものが流れるのを感じる。

 初回、ノーアウト二、三塁でバッターはT。

 このまま行くと、また胃薬を飲まないと…。買い置きあったかな…。


 カウントがスリーボール、ワンストライクとなり、僕は神に祈った。

 どうかフォアボールになりますように…。


 だが世の中は無常である…。

 Tは右中間にライナーで打ち返し、打球はグラウンドで弾んでいる。

 オワタぁー。

 僕は天を仰ぎ、二塁ベース上でドヤ顔をしているTの顔を憎らしく思った…。


 



 

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