第656話 広報はつらいよ

 今日の試合、いわゆるスミ1。

 虎の子の1点を見事、守りきった。

 先発の五香投手が5回を7安打打たれながらも粘り強く無失点に抑え、また我がチームが誇る中継ぎ陣のKLDSが6回以降、ピシャリと抑えた。


 1点は我がチームのお調子者Tのラッキーなスリーベースヒットと、相手チームのパスボールで挙げたものであった。


 試合が終わると、ヒーローインタビューを受ける選手を選ぶのも広報担当の役割だ。

 選手によってはヒーローインタビューを受けるのが苦手な選手もおり、人選には気を使う。

 かと言えば、ヒーローインタビューを受けることを最大の楽しみにしている輩もおり、いつも頭を悩ませる。


 例えば今日の試合、ウザいほど目の前をウロチョロしている選手がいる。

 結果的に決勝点となるホームを踏んだT選手だ。

 試合終了後もわざわざ靴の紐を結んだり、ゆっくりと用具を片付けたりしている。

 

 この選手は失言が多く、この選手をお立ち台に上げたら、何を言い出すか、胃がキリキリする。

 ある時は放送禁止用語ギリギリの言葉を発したし、ある時はいきなり大リーグ挑戦を宣言した。 

(この時は全く根回しをしないでの発言だったため、かなりの物議を醸した)


 今日の試合については、投手陣の頑張りが大きかったということで、今季初勝利を挙げた五香投手、そして中継ぎの鬼頭投手、抑えの新藤投手を選んだ。

 なかなか中継ぎや抑えはヒーローインタビューを受ける機会がないので、我ながら良い人選だったと思っている。


 件のT選手はヒーローインタビューが始まっても、ベンチに居残り、そのやり取りを聞きながら笑っていた。

 そしてドラフト同期で仲の良い、五香投手のヒーローインタビューにヤジを飛ばしていた。

 何だかんだ言って、仲間思いでチームのムードメーカーであり、彼が打てばチームが盛り上がるのも確かではある。

 ファン人気もチームで一二を争っており、グッズの売れ行きも良いので、まあ我がチームのスター選手と言えるだろう。


 広報担当という仕事は多岐に渡る。

 マスコミからの取材対応窓口や、インタビュー等のセッティング、試合前イベントの進行などなど。

 そして首脳陣や選手からの談話を聞き出すためには、普段からの信頼関係が重要である。


 例えば不祥事が発生した時の対応も広報担当の役割だ。

 こういう時は全力で選手を守る。

 そういう姿勢は皆見ており、ひとたびそれを裏切ると、波が引くようにせっかく築きあげた信頼関係を失ってしまうのだ。

 

 そしてシーズン中は広報担当にほとんど休みはない。

 試合がある日は基本的にチームに随行するし、試合がない日もマスコミ対応が入る事が多い。

 でもやりがいがある仕事であり、自分ではこの仕事が天職だと思っている。


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 今日は岡山ハイパーズとの2戦目だ。

 ここは連勝して、差を広げて、2位の座を盤石にしたいものだ。

 個人的にも昨日はスリーベースヒット1本を放ち、チームの勝利に貢献したものの、その後の打席は凡退してしまったので、今日こそ大活躍して、ヒーローインタビューを受けたい。


 今日は試合前に3件の取材を受ける予定である。

 テレビ局2局とスポーツ専門誌1紙だ。

 僕が取材を受ける時は、必ず広報の新川さんがついていてくれる。

 試合への影響を及ぼさないように、取材時間の管理を厳正にしてくれており、時間になるとすぐに切り上げてくれる、とても有能な人だ。


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 今日も試合前に取材申し込みが7件入っている。

 そのうち3件は例のT選手に対するものであり、球場に入る前に胃薬を飲んだ。


 T選手のインタビューでは何を言い出すかわからないので、つきっきりで対応する必要があり、緊張を強いられる。


 T選手はサービス精神が旺盛であり、マスコミ受けも良いが、その分、広報担当の負担も大きい。


 今日も他チームの選手との交友関係を聞かれ、泉州ブラックス所属選手の名前を出して、際どい話をしていた。

 話の流れが怪しくなると、時間が無いことを言い訳にして、途中でインタビューを切り上げることも日常茶飯事だ。


 とまあ、苦労も多いが広報担当の仕事は面白い。

 もし球場に来ることがあれば、裏方の動きにも注目して頂けると、よりプロ野球を深く見ることができると思う。

 

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