第645話 山崎との思い出①

「小学校に入学してからずっと、私はクラスメートからいじめられていました。

 大人しくて、引っ込み思案の性格だったので、男の子たちからいじめられやすかったみたいです…」

 大人しくて引っ込み思案?

 僕は目の前にいる女性を見て、その姿が想像つかなかった。どちらかと言うと、その逆に思えた。


「その日も私はクラスの男子から、学校の体育館の陰でいじめられていました。

 私の事をみんなで囲んで、ドッジボールをぶつけるんです。

 彼らもずるいので、人気がないところでいじめるんです」

 今の美しい外見からは、全く想像つかないが、そんなこともあったのか。

 僕らはロッカールーム横の記者クラブの片隅で向かい合って話をしていた。


「私はいじめられることに慣れていたので、悲しかったけど、作り笑いをして耐えていました。すると一人の男の子が、ポケットに手を突っ込んでぶらぶらとやってきました。それが山崎さんでした。

 山崎さんは学年は同じですが、クラスが違うので、顔は知っていたけど、話したことはありませんでした」


「「おい、お前あっち行けよ。ここはうちのクラスの縄張りだ」。

 クラスの中のボス的存在の大きな男の子がそう言いました。

 その男の子はお兄さんが6年生にいたこともあって、同級生はもちろんのころ、上級生からも一目置かれていました。体もひと際大きかったし…。

 でも山崎さんはまるでそれが聞こえないかのように、ポケットに手を突っ込んだまま、そこにあったベンチに座りました」

 あいつらしいな。僕はそう思い、少しおかしくなった。


「「お前、3組だろ。どっか行けよ」

 別の男の子がそう言って、山崎さんの肩をつかみました。

 でも山崎さんは済ました顔をしながら、こう言いました。

「何で?」

「良いからどっかいけよ」と言って、クラスの男子、4~5人が山崎さんを囲みました。

 その頃の山崎さんは同学年の中でも小柄で、やせていたので、私はハラハラしながら、それを見ていました。

 すると山崎さんは言いました。

 「別に続ければいいじゃん。その子をいじめていたんだろう。見ててやるから、続けろよ」

「じゃあ、先生にチクるなよな」

「嫌だ、もちろんチクるよ」

 相変わらずポケットに手を突っ込んだまま、山崎さんはこう言いました。

 私はこの人はバカなのかと思いました」

 やっぱりアイツらしい。

 普段は余計な事をいうくせに、肝心な時には素っ気ない。


「当然、彼らは山崎さんを取り囲みましたが、山崎さんは全く表情を変えませんでした。

 私は隙をみて、そこから逃げ出し、先生を呼びに行きました。

 そして先生を連れて戻ると、山崎さんはその子達に囲まれて蹴られていました。

 慌てて先生がそれを止めると、山崎さんの下には例のボス的存在の男の子がいて、鼻血を出して、泣いていました。

 後から聞いた話では、山崎さんはその男の子だけを狙って、執拗に殴りつけたそうです。

 しかも手には石ころを持っていました」

 目的のために手段を選ばないところは山崎らしい…。


「相手の男の子は何針か縫う怪我をしており、学校内でも大きな問題になりました。

 でもそれと同時に私へのいじめも、みんなに知れ渡ることになり、私に対する表だったいじめはなくなりました。

 そして次第に友達も何人かできました。


 それからというもの、山崎さんは学校内でも怒ると何をするかわからない子、と思われるようになり、誰も関わらないようになったので、いつも一人で過ごしていました。

 私はその時の御礼を言いたかったのですが、勇気が出ずに言えずじまいでした」

 そこで彼女はハンカチで目をぬぐった。


「それから1年くらい経ったあと、私は親の都合で引っ越すことになりました。

 そして最後の日の昼休み、私は山崎さんを探しました。

 というのも山崎さんは、いつも休み時間は学校内を一人でブラブラしており、どこにいるのかわからなかったからです。

 でも見つけられませんでした。

 そして下校時間になり、私はクラスメートと最後のお別れをしていると、遠目に帰宅する山崎さんの姿を見つけました。

 私は見失わないように走って、山崎さんのあとを追いかけました。

 山崎さんはちょうど校門を出るところで、私の姿を見ても全く表情を変えませんでした。

 私はその時頭が真っ白になり、何も言葉が出てきませんでした。

 山崎さんは首を傾げて、去って行こうとしました。

 私は慌てて、ポケットに入っていたハンカチをその手に握らせて、走り去ってしまいました」

 なるほどそういう事があったのか。

 

「そして私は転校し、転校先では友人にも恵まれ、山崎さんの事は記憶の片隅になってしまいました」

 うん、それが良い。

 山崎の事を覚えていることで、記憶容量を費やすのはもったいない。

 僕も記憶の中から、さっぱりと消去したいが、付き合いが長くなり過ぎたし、高校時代の思い出のほとんどにアイツが登場するので、嫌でも思い出せずにはいられない。

 ましてはスポーツニュースにもしょっちゅう出るし…。


 意外と話が長くなってきたので、次話に続く。

 

 

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