第643話 ヒーローは僕?
マウンドの山野投手は、僕がタイムをかけてから、一度帽子を脱いで汗をぬぐっている。
プロ2年目でこんなしびれる場面で投げられるのは、幸せなことだろう。
僕のプロ2年目なんて、静岡オーシャンズの2軍施設で日に焼けながら、来る日も来る日も練習に取り組んでいた。
ここはプロの先輩として、プロの厳しさを教えてやろう。
そんなことを考えて、再びバッターボックスに入った。
そしてツーボール、ツーストライクからの5球目。
何とここで外角低めへのカーブを投げてきた。
これは意表をつかれた。
僕は何とかバットに当てた。
力のない打球が、ファーストへ転がっている。
ファーストの下條選手が懸命に突っ込んできて、ホームに投げた。
三塁ランナーは俊足の野中選手に変わっている。
僕はそれを横目に見ながら、懸命に一塁に向かって走った。
そしてキャッチャーからの送球が一塁に来た。
僕は一塁ベースを駆け抜けたが、間一髪アウト。
どうなったんだ。
僕はスコアボードをみた。
アウトの赤いランプが2つ点いている。
あーあ、やっちまった…。
だが札幌ホワイトベアーズベンチは、リクエストをした。
どうやらホームはセーフだと、アピールしているようだ。
僕はベンチに戻りながら、大型ビジョンに繰り返し流れている、さっきのリプレー映像を見ていた。
うーん、タイミング的にはセーフに見えるけどな…。
しばらくたって審判団が出てきた。
あいかわらず、すぐに判定せず、じらしている。
普段は脇役である審判が、球場内のファンからの視線を独り占めにしている。
まるでそれを楽しんでいるかのようだ。
そしてホームベース付近に来ると、おもむろに両手を横に広げた。
セーフだ。
球場内の大勢を占める京阪ジャガーズファンのため息が球場内を包み、かすかに歓喜の声が聞こえた。
つまり記録としては、僕のファーストゴロで1点をもぎ取ったことになる。
今日、3打点目。ナイス、俺。
引き続き、ワンアウト2,3塁と追加点の場面だったが、ここは山野投手が踏ん張り、2者連続三振に倒れてしまった。
これを見ると、僕は良くバットに当てたと思う。
何とかバットに当てたからこそ、点が入ったのだ。
ぜひ、その点は褒めてくれればと思う。
試合後に監督室に呼ばれているので、きっと金一封どころか札束が立つくらい監督賞をもらえるのではないだろうか。楽しみだ。
僕はベンチに座って、そんなことを考えていた。
「おい、どうした。そんな腑抜けた、にやけた顔をして」
前にいた谷口が振り返って言った。
「いや、別に。ただチームが勝つことを願っているだけさ」
「ケッ、心にも無いことを。どうせ今日3打点で、ヒーローインタビューは間違いないな、何を話そうかな、とか考えているんだろう」
「そ、そんなことは無いぜ。チ、チームが勝つなら個人成績なんて二の次さ。
そもそも俺はヒーローインタビューのような目立つ場は好きじゃない。
ていうか、ほらチェンジだ。守りにつかないと」
皮肉な笑みを浮かべて、谷口は前に向き直った。
しかしなんで谷口は、いつも僕の心を見透かすのだろう。
付き合いが長いからか…。こういうのを腐れ縁というのだろう。
僕はこの回からセカンドに回り、さっき光村選手に変わって代走で出場した、野中選手がレフトの守備についた。
そして試合はそのまま終了した。
僕は勝利の歓喜の輪に加わり、それがほどけた後、ベンチに戻った。
「高橋。ヒーローインタビューだ」
そう告げてきた、新川広報の表情は明るかった。
きっと最近の僕は、ヒーローインタビューでの受け答えもうまくなってきたからだろう。
そう、人は成長するのだ。
「さあ、本日のヒーローをお呼びします。
札幌ホワイトベアーズの高橋隆介選手です」
大きく歯抜けとなった球場に残ってくれた、札幌ホワイトベアーズファンの歓声に迎えられて、僕はヒーローインタビューに向かった。
インタビュアーは…。
皆さん期待のあの女性アナウンサーだ。
そう、試合前にインタビューしてくれた…。
嫌な予感しかしない。
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