第648話 あるプロ野球選手の妻の話①

 子供二人を寝かせて、一息ついた時、携帯電話にメールが届いた。

 開くと次のような文面だった。


 『Rは試合終了後、美人女性アナウンサーを口説いてました。善意の第三者より』


 私は大きくため息をついた。

 帰ってきたら、また厳しく事情聴取をしなければならない。

 私は返信した。

 『情報提供、ありがとうございます。

 奥様にもよろしくお伝えください』 


 私はあるプロ野球選手の妻である。

 夫は某地方チームの主力選手であり、知人からは羨ましがられることが多い。

 確かに華やかな面はある。 

 球場に行けば、家族席としてとても見やすい席を用意して頂いているし、試合にでると色々な賞品を持ち帰ってくる。


 だが、プロ野球選手の妻には妻なりの苦労があり、その苦労は同じような立場の人たちでないと分かち合えないものもある。

 チームには家族会があり、定期的に食事したり、お茶を飲んたりして、悩みを相談し合ったりしている。


 夫は本能のまま生きているような人種であり、目を離すと何をしでかすかわからないので、同じチームに所属している方に、お目付け役をお願いしているのだ。

 その方の奥さんとは、気が合い、定期的に会ったり、LINEでやり取りしたりしている。


 年棒は結婚当初は、あまり高くなかったが、成績を残すに連れ、右肩上がりになり、今シーズンはついに1億円を大きく超えた。

 さらに出来高もつくので、もはや想像もつかない金額となっており、来年払う税金額もとんでもない額になるだろう。


 私も夫も一般家庭で育ったし、あまり物欲も無いので、これまでの年俸の多くは将来への貯金にしている。

 何しろ、年俸は高いがケガをしたら来季の保証も無い、不安定な稼業であり、幼い子供も2人いるの(しかも1人は最近産まれた)で、今のうちにできるだけ貯めておきたい。

 

 現在の自宅は賃貸であり、大きな買い物と言えば、夫が乗っている国産車くらいである。

 夫は昔からポルシェが欲しいと言っていたが、最近は言わなくなった。

 今回年俸が上がったので、購入の許可をだしたが、今の車(主人はぽるしぇ号と呼んでいる)が気に入っているようで、当面はそのまま乗り続けるようだ。


 夫は昨シーズン、ヒーローインタビューの場で、唐突にアメリカ球界挑戦を宣言し、世間を騒がせた。

 ファンの皆様は驚かれたと思うし、親戚や知人から「お宅の旦那、頭おかしくなったんじゃないか」、というような心配する連絡があったが、私自身は冷静に受け止めていた。


 夫は昔、アメリカで自主トレしてから、常日頃アメリカでプレーしたいと口に出しており、私自身、アメリカに憧れがある。

 恐らく、年俸はかなり下がるだろうが、それを差し引いても、貴重な経験をできると思っている。


 もっともアメリカ行きを宣言した当初は、様々な批判も耳にした。

 身の程知らずとか、バカとか、無鉄砲とか。

 私から見ても、その通りだと思う。

 でも何をしでかすかわからない、という意味では見ていて飽きない。

 もしかしたらこの人なら、何かやってくれるんじゃないか。

 そんな期待を感じさせる何かがあるのだ。


 私と夫の出会いは高校時代に遡る。

 ある野球の名門校の野球部に、私はマネージャーとして、彼は選手として入部した。


 私は幼い頃、親に連れられて甲子園の試合を見に行った。

 その時の白熱した試合、乾いた打球音、広い緑のグラウンド、応援団のキレのある応援、迫力あるブラスバンドの演奏、チアガールの可愛さ、観客の大声援。

 子供心にワクワクするもの全てがここにつまっていた。

 私は一遍に甲子園が大好きになった。

 だから春夏の甲子園のシーズンになると、親にねだって試合を見に行ったものだ。

 そして自分も大きくなったら、甲子園に関わる何かをしたいと思った。


 中学校の時はソフトボール部に入った。

 本当は野球部に入りたかったが、私のいた中学校には女子野球部が無かったのだ。

 そして高校では甲子園の常連校である、群青大学附属高校に入って、マネージャーになると決めていた。


 それには理由があった。

 私の通っていた中学校にも野球部はあり、あまり強く無かったが、3年生の時、対戦チームに恵まれて珍しく3回戦に進出したため、全校応援があった。

 その相手は地域でも強豪として名高い学校であり、戦力差は歴然としていたので、試合は序盤から大差がつき、ダラけた試合になった。


 だが私はショートを守る1人の選手に目を奪われた。

 その選手は大差がついていても、大きな声を出しており、打球が飛んできたら、それがどんな平凡な打球でも全力で捌き、そのプレーの一つ一つがキビキビとしていた。

 打順は3番を打っていたが、何とランニングホームランを2本放った。


 私はその速さにも目を奪われた。

 全く無駄のないベースランニング。

 恐らく普通の選手なら2塁打の当たりで、何とホームまで帰ってきた。

 私はすぐにその選手のファンになった。

 

 後から周りに聞くと、その選手は地域でも有名な選手であることがわかり、そして群青大学附属高校を受けるとの情報を得た。

 そのため私も群青大学附属高校を受けることにしたのだ。




 

 

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