第641話 ヤーバババい

 今日の試合も3番レフトでのスタメンだ。

 絶対に暴れてやる。

 試合前に受けたインタビューで、僕は発奮していた。

 あの女性アナウンサーは熱烈な京阪ジャガーズファンらしく、他チームの選手をいじるので有名らしい。


 確かに見た目と毒舌のギャップが、京阪ジャガーズファンとしては面白いのだろう。

 彼女を知っている京阪ジャガーズ以外の選手は、インタビューを受けるのを嫌がるらしい。

 それを知っていてセッティングした、新川広報はしばらくの間、夜道には気をつけた方が良いと思う。物騒な世の中だから。


 初回、ワンアウトから谷口がツーベースヒットで出塁し、ワンアウト二塁の場面で、打席が回ってきた。

 相手先発は宗投手。

 160km/h近い速球とスプリットが武器の少しサル顔の右腕だ。

 追い込まれると、スプリットが厄介なので、その前に勝負を決めたい。


 初球。

 外角低めへのスプリット。

 いきなり来た。

 僕は意表を突かれ、手がでなかった。

 判定はストライク。

 コース、高さとも絶妙なところに来た。

 これは打っても内野ゴロか、ファールだろう。


 2球目。

 内角高めへのストレート。

 仰け反って避けたが、判定はストライク。

 え、今のが?

 凄いボールのキレだ。

 簡単に追い込まれてしまった。

 となると、ここからはスプリットの連投だろう。

 恐らく、ボールゾーンぎりぎりで攻めてくるだろうから、非常に厄介だ。

 スプリットを意識した上で、あのストレートにも対応しなければならない。

 なかなか困難なミッションだ。ミッションインポッシブル。

 だが僕の辞書には不可能はない。


 3球目。

 なんとど真ん中へのカーブ。

 速い球ばかり意識していたので、手がでなかった。

 見逃しの三振。

 僕の辞書に不可能はない。

 なぜなら、明民書房発行の辞書だからだ…。

 僕はトボトボとベンチに戻りながら、あの奇麗な女性アナウンサーが、喜んでいる姿を想像した。

 キーっ、悔しい…。


 だが続く、4番のテイラー・デビットソン選手が、フルカウントからのスプリットを見事にセンター前に弾き返した。

 ほれ、見たか。

 僕は少し溜飲が下がった。

 だが二塁ランナーは、谷口。

 あえなくホームタッチアウトになった。

 また脳裏にあの女性アナウンサーの奇麗な笑顔が浮かんだ。

 くそー、むかつくー。

 

 試合は京阪ジャガーズに2本のソロホームランを打たれ、2対0のまま、9回まで進んだ。

 札幌ホワイトベアーズ打線は、宗投手の前に、初回の谷口とディラー・デビットソン選手のヒット2本に抑えられている。

 この回は打順よく1番の湯川選手からの打順である。

 絶対に塁にでろよ、この野郎。 

 僕はベンチからバッターボックスに向かおうとした湯川選手の肩を笑顔でポンと叩いた。


 マウンドにはしつこくも宗投手が上がっている。

 8回を2安打無失点、13奪三振。

 しかも投球数は、87球。

 変える理由は無いのだろう。


 すると湯川選手はワンボール、ツーストライクから、脇腹にデッドボールを受けた。

 湯川選手は苦悶の表情を浮かべながらも、なんとか立ち上がり、一塁へ向かった。

 よしよし、褒めて使わす。


 ネクストバッターは谷口だ。

 おい、わかっているだろうな。

 ツーベースヒットを打てよ。

 そうしたら、ノーアウト二、三塁で僕の打順だ。

 ダブルプレーもないし、気楽にバッターボックスに入れる。


 そう思っていたら、フォアボールを選びやがった。貴様…。

 ノーアウト一、二塁となり、球場の片隅を占める、この場では超少数派の札幌ホワイトベアーズファンが、今日一番の盛り上がりを見せている。


 球場内からは高橋コールが起きている。

 何て言っているのだろう?

 僕は耳を澄ました。


「ゲッツー、ゲッツー、高橋。 

 ゲッツー、ゲッツー、高橋」

 じゃかましいわ。


 皆さん、知らないのかな?

 僕は天邪鬼ですよ。

 こういう状況になれば、いつもの50%増しの力がでるんです。


 僕は自分が気合が入りつつも、リラックスしているのを感じた。

 これはヤーバババい。

 打てる気しかしない…。

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