第637話 ヒーローインタビュー20
ベンチに戻り、椅子に腰かけて、声をかけられるのを待っていた。
いやあヒーローインタビューなんていつ以来かな。
かなり久しぶりのような気がするけど。
(前回は昨シーズンの最終戦ですね。(第593話)
それほど久しぶりでもないですね。作者より)
「仕方がない。高橋…」
広報の新川さんが胃を抑えながら、僕に声をかけてきた。
「えー、僕ですか?
湯川か、ツーランホームランの光村でも良いんじゃないですか?」
すると新川広報の目が輝いた。
「そうか?、じゃあ、高橋は辞退ということで」
僕は慌てた。
「ちょっと待って下さい。
幾ら僕が辞退したくても、ファンの皆さまが許さないんじゃないでしょうか」
「いや、気にするな。
ファンはヒーローであれば誰でも良いんだ」
「いや、そんな事はないですよ。
やっぱりファンは、勝利に一番貢献した選手の話を聞きたいはずです」
僕は食い下がった。
「つまりお前、ヒーローインタビューに出たいんだな?」
「はい、そうです」
僕は素直に答えた。
「はぁ、仕方がない。ちゃんと考えて話せよ」
新川さんはタメ息をつきながら、僕を送り出してくれた。
「放送席、放送席。
今日のヒーローは、9回表に土壇場で同点に追いつくタイムリースリーベース、そして11回表には試合を決める勝ち越しタイムリーツーベースヒットを放った、札幌ホワイトベアーズの高橋隆介選手です」
アウェーで、しかも延長11回と夜も遅くなったので、ファンの数は多くはないが、それでも残ってくれている方々から、大きな拍手が上がった。
僕は帽子を取って、声援に応えた。
「9回表、起死回生の素晴らしいバッティングでしたね」
「…」
「高橋選手、聞いていますか?」
「え?、はい、何でしょうか」
歓声に応えていて、男性アナウンサーの声を聞き逃してしまった。
「9回表、起死回生の素晴らしいバッティングでしたね」
「はい、ありがとうございます。最近不調に苦しんでいましたが、ここは是非決めてやる、と気合で打ちました」
「ワンアウト二塁となり、代打を告げられた時、どんな事を考えていましたか?」
「はい、チャンスで使ってもらったので、絶対に打ってやると思っていました」
「打った瞬間の感触はいかがでしたか?」
「…」
「高橋選手、ちゃんと話を聞いてください」
球場内から笑いが上がった。
また声援に応えていて、話を聞き逃してしまった。
何しろ久しぶりのヒーローインタビューなので、我ながら舞い上がってしまっている。
「あの場面、打った瞬間の感触はいかがでしたか?」
「はい、自分では捉えたように思いましたが、最近打てていなかったので、捕られるかもと思いました。ヒットになって良かったです」
「そして延長11回表、ワンアウト2,3塁の勝ち越しのチャンスで打席が回ってきました。どんな思いで打席に入りましたか」
「はい、ここは責任が重い、と思いました」
「えーと、それは"思い"と"重い"をかけたジョークでしょうか。
それはスルーするとして、あの場面粘りに粘っていましたが、それは何とかして後続につなごう、という意識だったのでしょうか」
「いえ、そんなことは頭の片隅に、微塵もこれっぽちも、全くありませんでした。
湯川も谷口も9回のチャンスに凡退したので、全くあてにしていませんでした。
ここは自分で決めることしか考えていませんでした」
「なるほどその強い気持ちが、あの勝ち越しタイムリーにつながったということですね」
「はい、そうだと思います」
「今日は重要な場面で2本の貴重なタイムリーヒットを打ちました。
これで不調から脱したと考えてよろしいですね」
「はい、明日からもバンバン打ちますので、ジャック監督、またスタメンで使ってください」
「そうですか。ジャック監督に伝わると良いですね。最後にファンの皆様に一言お願いします」
「はい、明日、仕事や学校の方もいらっしゃると思いますが、今日は遅くまで応援、ありがとうございました。
夜も遅いですので気を付けてお帰りください」
「ありがとうございました。今日のヒーローは同点、そして勝ち越しの2本のタイムリーヒットを放った高橋隆介選手でした」
最後に大きな拍手と歓声が上がった。
やはりヒーローインタビューは気持ち良いね。
またこの場に立てるように頑張ろうっと。
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