第634話 たまには客観視も良いかも

 もがけばもがくほど、深みにはまっていく。

 まさにそんな状況である。


 熊本ファイアーズとの三連戦、何と11打数ノーヒットだった。

 これでシーズン通算、62打数12安打。

 打率.194、夢の打率1割台突入だ。

 セーフティバントを試みたり、軽打に徹したり、逆に強く振ってみたり。

 色々と試しているが、結果がついてこない。

 ていうか、ことごとく裏目にでている。


 三塁線上にうまく転がした打球のバウンドが変わって、平凡なピッチャーゴロになったり、セカンドをフラフラと超えそうな打球がファインプレーに阻まれたり、強く打ったらレフトの真正面だったり…。


 例の山崎の絵本が届いてから、ずっと調子があがらない。

 やはりあれは呪いの絵本だったのだ。

 教会で呪いを解くか、早くシャナクを覚えて唱えないと…。

(不調の原因はゲームのやり過ぎでは? 作者より)

 

 とは言え、そんなに焦ってはいない。

 これまでもこの程度の不調は経験済みであり、長いシーズン、やる事をやっていれば調子は上がっていくものである。


 だが、ジャック監督以下、チームの首脳陣はそうは考えていないらしい。

 開幕戦で4番だった打順がは、3番、2番と来て、5番、6番、7番と少しずつ下がっていった。

 そして昨日の試合は8番での出場であり、次は9番か。


 移動日を挟み、次はアウェーでの仙台ブルーリーブス3連戦である。

 まだまだシーズンは始まったばかりだ。

 杜の都で心機一転巻き返そう。

 

 そう考えていたら、初戦、僕はスタメン落ちした…。

 まあそうなるよね。外野は候補者が多く、群雄割拠状態だし…。

 正直そう思った。


「おう高橋、調子はどうだ」

「はい、絶好調です」

「そうか、それは良かった。今日はベンチを盛り上げてくれよ」

 そう言い残して、麻生バッティングコーチは去っていこうとした。


「麻生コーチ」

「あん、どうした?」

「アドバイスはくれないんですか?」

「お前な、俺がアドバイスした程度で打てるくらいなら、とっくに打っているだろう」

 バッティングコーチの言葉とは、とても思えない…。


「いいか、腐っても、不貞腐れても、カスでもバカでも、お前はここ数年レギュラーを張り、しかも打率三割を残したプロ11年目の選手だ。

 打撃フォームが狂っているなら、アドバイスのしようもあるが、俺の見たところ、別にそうは思えない。

 それなりに良い当たりが打者の正面をついたり、相手の好捕に阻まれたり…。

 調子だって別に悪くないだろう?」

「まあ確かにそうですが…」


「そうだろ。そんな時はジタバタせず、少し休んでリフレッシュした方が良い結果が出る…かもしれない」

「確かにそうかもしれませんね」

「ということで、頑張れよ。

 もしお前が不調から脱したら、それは俺のおかげだよな。

 マスコミにちゃんとそう言えよ」

 それはどの部分を指すのだろうか?

 そう言い残して、麻生バッティングコーチは去っていった。


 打ったらコーチのお陰、不調は選手のせい。

 前にも述べたが、札幌ホワイトベアーズのバッティングコーチは気楽な稼業で羨ましい。

 僕も引退したら、バッティングコーチになりたいな…。


 

 「おい、湯川。絶対に塁にでろよ。

 デッドボールでも、打撃妨害でも何でも良いから。

 凡退したら、てめえの座る席はないからな。

 ベンチに戻ってくるな」


「こら、谷口。何でそんな絶好球見逃してんだ。

 お前、打つ気あるのか。 

 その手に持っているのは、ひのきの棒か」


「道岡さん、頑張って下さい。簡単に凡退して、ノコノコとベンチに帰ってきた二人に見本を見せてください」」


 というように僕はベンチの最前列で、チームメートに温かい檄を飛ばした。

 端から見ていると、とても歯がゆい。

 何であんな絶好球を見逃して、難しい球に手を出しているんだとか、どうして三遊間が空いているのに、あえて守備シフトを敷いている一二塁間に打つんだとか…。


 もしかしてファンの方々も、僕のプレーを見て、そう思っているのだろうか…。

 たまに外から試合を見ると、確かに客観視できて良いかもしれない。

 いっぱい野次を飛ばして、ストレス解消にもなるし。

 まだ両チーム無安打で一回を終えた時、そう思った。



 

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