第632話 絵本の続き…

 僕は翔斗相手に絵本を読み続けた。

 正直、もう読むの辞めたいが、真剣に聞いている翔斗を見ると読み続けないわけにもいかない。


『しょうがっこうをそつぎょうして、ちゅうがっこうにはいっても、ぼくはやきゅうをつづけました。

 ちゅうがっこうでも、ぼくはやきゅうではむかうところてきなしでした』

 「パパ、むかうことろてきなし、ってどういう意味?」

「ああ、驕り高ぶった人間が使う言葉だよ。

 翔斗はそんな人間になってはダメだよ」

「ふーん、わかった」 

 きっとわかってはいないだろうけど、ニュアンスだけは理解したようだ。


『でもこうこうにはいって、ぼくはじぶんがいのなかのかわずだと、おもいしらされました』

 そのページには高校時代のユニフォームを着た山崎と、何人かの選手の絵が載っている。

 このひときわ大柄な選手はきっと平井だろう。

 どれが僕かはわからなかった。


「パパ、いのなかのかわず、ってなに?」

「ああ、驕り高ぶった人間が、ほんの少しだけ謙虚になったという意味だよ」

「ふーん」

「あなた、そんな事を言っても翔斗は理解できないわよ」

 結衣がクスクス笑っている。


『ぼくがはいったこうこうのやきゅうぶは、にほんでも、とてもつよいがっこうでした。

 ぼくはそこでもすぐにエースになりました』

 面白いか?、これ。


『でもにほんには、もっとつよいチームがいっぱいありました。

 いくらぼくでも、そんなチームあいてではひとりでは、はがたちませんだした』

「パパ、はがたちません、ってどういう意味?」

「相手が強いって、意味だよ」

「ふーん」


『そんなぼくをたすけてくれたのは、なかまでした。

 かれらとははじめ、なかがあまりよくありませんでしたが、やきゅうをいっしょうけんめいにやっているうちになかよくなりました』

 まさかその仲間の中に、僕は入っていないだろうな。


『かれらはぼくがこまったとき、いっしょうけんめいにたすけてくれました。

 なかまとは、こまったときにたよりになるひとたちです。

 ぼくはかれらから、やきゅうはひとりではできない、ということをおそわりました』

 あれ?、なんか山崎らしくない。


『そしてそれは、じんせいでもおなじだとおもいます。

 きみたちもようちえんや、しょうがっこう、そしてちゅうがくせい、こうこうせいになっても、なかまをつくるようにどりょくしてください。

 そしてきみたちも、なかまをたすけられるようになってください』

 翔斗は神妙な顔をして、聞いている。

 意味がわかっているかしらないが…。


 僕が山崎に助けられたことなんてあるだろうか?

 まあ確かに無くはない。

 僕がエラーして、背負ったピンチを山崎が踏ん張って帳消しにしてくれた事が何度もある。

 そんな時、「山崎、サンキュー」と声をかけても、山崎はニャッと笑うだけだった。

 まるでお前のエラーなんか、織り込み済みだぜ、とでも言うかのように。


 でも思い返すと、山崎はエラーした選手を決して責めなかった。

 そして例え、それが原因で失点しても打たれた自分が悪いとばかりに悔しがっていた。

 良く考えると、山崎にも良いところは沢山ある。

 ただそれが目立たないだけだ。


 『ぼくはうまれてから、おとうさん、おかあさんのかおをしりません。

 だけどぼくはさみしくありませんでした

 それは…』

 そこでまたページが変わった。


 『ぼくには、やきゅうをつうじていっぱいなかまがいたからです』

 そのページは山崎が群青大学附属高校のユニフォームを着て、チームメートに囲まれている絵だった。

 恐らく甲子園で優勝した場面だろう。

 背番号を見ると、平井、錦戸、葛西、新田、その他…。

 そして僕も…隅の方にいた。


『いま、ぼくはだいリーグでたたかっています。

 ひとりでアメリカにわたりましたが、けっしてさみしくはありません。

 なぜなら…』

 見開きで大リーグで投げている絵が載っている。


『ぼくには、ぼくをおうえんしてくれるおおくのファンのみなさまがいるからです』

 次のページを開くと、観客席の声援に山崎が応えている絵が載っている。

 きっとこの文章はゴーストライターが勝手に考えたのだろう。

 山崎がこんな事を言うわけない…はず…、多分…、恐らく。


『これをよんでいるきみたちのなかから、しょうらいやきゅうをやるひとがでることを、ぼくはたのしみにしています。

 やきゅうはなかまができる、すばらしいスポーツです。

 ひとりでもおおくのひとが、やきゅうをやってくれると、ぼくはうれしいです。

 いつかいっしょにプレーしましょう』


 これで絵本は終わった。

 翔斗は大事そうにこの絵本を抱えている。

 どうせ古本屋に売っても二束三文だ。

 仕方がない。

 うちの本棚に残してやろう。

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