第626話 まだオープン戦は始まったばかり…

 初回表の攻撃は三者凡退に終わり、僕は颯爽とレフトの守備についた。

 これまでもオーストラリアリーグや、紅白戦、練習試合でレフトの守備にはついていたが、緊張する。

 まずは一度打球を処理したら、緊張もほぐれるのだろうか。

 僕はレフトの守備位置で屈伸ジャンプした。

 札幌ホワイトベアーズの先発はプロ3年目の鈴鳴投手。

 身長170cm、体重90kg超のずんぐりむっくりした体型から、球質の重いストレートを投げる右腕だ。

 今期は先発ローティションへの定着が期待されている。


 さあこっちに打って来い。根こそぎさばいてやるぜ。

 と気合を入れていたのだが、結果から言うと初回は打球が飛んでこなかった。

 チッ、物足りねえぜ。そう思いながら僕は颯爽とベンチに帰った。


 そして2回裏、仙台ブルーリーブスの4番、深町選手の打球が飛んできた。

 平凡なレフトフライか。

 僕はゆっくりとバックした。

 だが意外と打球が伸びてくる。


 やばい。

 僕は慌ててバックし、懸命にグラブを出したが、ボールはその上を掠めて、フィールドに落ちた。

 やっちまった。

 打球はフェンスまで転がり、僕は急いでそれを拾い上げて、ショートに返球したが深町選手は三塁まで進んでいる。

 記録はスリーベースヒットだが、誰の目にも僕のミスに見えているだろう。


 ドンマイドンマイ。

 そう言うかのように、ショートの湯川選手がグラブを掲げて見せた。

 僕もそれにグラブを掲げて答えた。

 まさにこの打球だ。

 この打球は練習では経験できない。

 今がオープン戦でまだ良かった。

 これがシーズン中であれば、試合を左右することにもなりかねない。

 もっと謙虚にならねば…。

 そう思いながら、僕は守備位置に戻った。

 結局この回、フォアボールやヒットが続いたことで4点を奪われた。

 僕のプレーは記録はヒットなので、鈴鳴投手は自責点4となった。


 「鈴鳴、悪かったな」

 僕は鈴鳴投手に声をかけた。

 僕のエラー(少なくとも僕はそう思っている)がなければ、リズムに乗って投げれていたかもしれない。

 そう考えると申し訳ないと思う。


「いえいえ、あれは完全にヒット性の当たりです。

 むしろあの後抑えることができなかったのは僕の実力です。

 良い経験になりました」

 うむ、なかなか良いことを言うではないか。その心がけや良し。

 

「いやいや、あれは完全なエラーだろう。俺なら余裕で取れていたぜ」

 前のベンチに座っていた谷口が振り返って言った。

 君、うるさいですよ。 少し黙っててくれないかな。

 ちなみに今期から谷口はファーストの守備にも挑戦している。

 ダンカン選手が退団し、ファーストのポジションが空いたのと、僕が外野に挑戦したためだ。

 今のところは無難にこなしているが、僕が内野守備につく機会があれば、ショートバウンドの難しい球を投げてやる。

 そう心に誓った。


 その後は平凡なフライを2つ、外野へのヒットを3回処理したが、無難にこなした。

 打っては3打数ノーヒット。しかも3三振。

 シーズンオフは外野守備に重点的に時間を割いたため、バッティング練習に費やす時間が足りなかったかもしれない。

 まあバッティングは水物。

 試合を通じて調子を取り戻せばよい。

 幸いにしてオープン戦は始まったばかり。

 調整の時間はまだまだある。


 そして7回からはセカンドの守備についた。

 チームとしては今シーズン、湯川選手をショートとして固定する意向のようだ。

 一方でセカンドは群雄割拠となっている。

 今日の試合は僕の同学年の光村選手がスタメンで出場したが、守備では記録に残らないミスがあった。

 光村選手はバッティングが良く、長打力もあるが、守備に課題がある。


 試合は結局、8対3で敗れた。

 オープン戦初戦であり、結果にこだわる時期ではないが、僕のプレーも含め、守備のミスが相次いだのは課題である。

 その中でもショートの湯川選手の守備は安定していたのはさすがだ。


 その後もオープン戦は続き、僕は全試合、レフトで先発出場した。

 フル出場したり、途中交代したり、またはセカンドに回ったり。

 守備は中々、安定してきた。

 やはり試合を通して生きた打球を経験すると、上達が速いし、また自信もついてくる。


 バッティング?

 今のところ、20打数1安打ですが何か?

 ええ、その一本も当たり損ねの内野安打です…。

 守備に気を取られ過ぎているのか、なかなかバッティングの調子が上がらない。

 だがまだオープン戦も中盤。

 焦る時期ではない。

 




 

 


 

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