第625話 外野守備の心得
吉田さんが亡くなったとの報告を受け、僕はとんぼ返りで葬儀に出席した。
山城さんからは「お前が活躍することが最大の供養になる。だから、キャンプに集中しろ」と言っていただいたが、それではきっと後悔する。
ジャック監督からも、ぜひそれは行った方が良いと言っていただいたので、お言葉に甘えた。
春季キャンプでは内野手と外野手の練習を兼務するという、アラサーの身には厳しい状況下に置かれたが、気合で何とか乗り切った。
「大分、外野守備も板についてきたな」
四国アイランズとの練習試合を終え、ロッカールームに引き上げるとき、澄川外野守備走塁コーチからに声をかけられた。
「はい、澄川コーチのご指導のおかげです」
「心にも思っていないおべんちゃらを言えるようになって、お前も成長したな」
「はい、ありがとうございます」
「…」
澄川コーチは少し沈黙した。
なんか変なことを言ったかな。
「まあいいや…。だがなはっきり言ってプロに入るようなレベルの選手は、外野への打球の98~99%は何とかこなせるものだ。
だが名手かそうでないかの違いは、残りの1~2%を捕れるかどうかだ。
そして外野守備の場合はそれを捕れるか捕れないかで、チームの失点、もっと言えば勝敗に直結することもある」
「なるほど」
「だから、これからはどうしたらその1~2%の打球を捕れるようになるか、意識して練習そして試合に臨め」
「はい、わかりました」
「あともう一つ。絶対に無理はしないということだ」
「それはどういうことでしょうか」
「外野手は一つのエラーが即失点につながる。
だから100のファインプレーも1つのエラーで帳消しとなる。
捕れないと思ったら、無理につっこまず、ワンバウンドで捕球する勇気も必要だ」
なるほどなるほど、メモメモ。紙と鉛筆がなかったので、僕は心に刻み込んだ。
キャンプ最終日の最後、選手、チームスタッフが全員グラウンドに集まり、大きな輪を作る。
一本締めでキャンプを打ち上げるのだ。
「ワレラガメザスハ、ユウショウノミデス。チカラヲアワセテ、ユウショウキをブンドリマショウ」
「オオッ」
ジャック新監督の掛け声にみんなで答えた。
そして今季から選手会長に就任した谷口の音頭で一本締めをした。
谷口もいつの間にかチームの中心選手になった。
静岡オーシャンズへの入団当初、超マイペース野郎だったことを考えると、目頭が熱くなる。
2日空いていよいよオープン戦が始まる。
通常であればオープン戦序盤は、若手選手を積極的に使い、僕のような主力選手は調整を重視して、あまりフル出場しないものだが、今年は外野手へ挑戦するため、少しでも多く、試合での生きた打球を経験したい。
このため僕は自ら志願して、オープン戦初戦から一番レフトでスタメン出場した。
一回表、早速打席が回ってきた。
対戦相手は、仙台ブルーリーブスで、先発は即戦力ルーキーの右腕、山志田投手。
昨秋のドラフト1位であり、東京六大学で活躍した、野球エリートだ。
ここはプロの大先輩として、その厳しさを教えてやろう。
初球。内角低めへのストレート。
なかなか威力はあるが、球速は149km/hとプロではそれほどでもない。
見送って、ストライクワン。
2球目。
外角へのスライダー。
鋭く曲がった。
これも見送って、ストライクツー。
そして3球目。
またしてもスライダー。
さっきよりも遠く見える。
自信を持って見送った。
「ストライーク」
え、今のが?
僕は不満を感じたが、表情に出さないように努め、あえてニヤリと笑い、ベンチに引き上げた。
そう、第一打席は球筋を見るために、あえてバットを振らなかった。
本当はそんなことはないのだが、相手にそういう印象を与えておけば、次の打席、警戒されるだろう。
山志田投手とは同一リーグなので、これから多く対戦する機会がある。
不気味な印象を与えておくのも、駆け引きの一つなのだ。
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