第624話 ドラフト前秘話(4)

「夏の甲子園予選。お前の高校は文字通り、破竹の勢いで勝ち進んだよな。

 投手はエースの山崎だけでなく、他チームなら間違いなくエース級の相川もいたしな。

 打線はトップバッターにお前がいて、2番葛西、3番山崎、4番平井、5番柳谷…、と隙がなかった。

 結局、1番から4番までがプロに進んだわけだしな。

 まあ、俺としてはお前の活躍は、俺の目利きが正しかったという証明になったので嬉しかったよ。

 そして下馬評通り、お前らは予選どころか、本番の夏の甲子園でも優勝した。

 俺としてはせっかく、隠し玉として考えていたお前が有力なドラフト候補になっちゃって痛しかゆしといったところだったな」

 当初はマスコミの取材を受けるのは、山崎と平井がほとんどであったが、全国大会に出場し、勝ち進んでいくと、僕らへの取材も増えていった。


「そして夏が終わり、その年のドラフトの候補者を絞る時期になった。

 今だから言うが、お前の高校からは山崎、平井、そしてお前の他に、葛西、柳谷、相川、新田も指名リストには入っていたんだ」

 そうだったのか。

葛西は後に社会人野球を経由して新潟コンドルズに入団したが、柳谷、相川、新田は結局プロ入りはしなかった。


「ドラフト前の最後のスカウト会議で、1位は杉澤、ハズレ1位で谷口、平井、竹下などをリストアップした。

そして展開によって指名する選手を絞り込んでいったんだが、正直お前をリストに残すかで結構もめた。

今だから言うが、お前の評価は足と守備は水準を上回っていたが、バッティングが非力で体格もプロ野球選手として小柄な方だったから、反対の意見も結構あった。

だが俺はお前のことを強く推した。

それはなぜだと思う?」

「さあ顔とかスター性ですか?」

「お前、鏡見たことないのか。まあ、いい。

 俺がお前を強く推した要因は、家庭環境と性格だ」

「ああ、性格が良いと評判だったのですね」

「バカ、逆だ。いいか、なまじ性格が良いと、指導者の言うことをよく聞いて、自分のプレーを見失ってしまうことがある。

 でもお前は向こうっ気が強く、監督にもよく逆らっていたそうだな」

 さあ、記憶にございません。


「お前の高校の監督が良く言っていたぞ。

 お前には手を焼いたと。

 言うことは聞かないし、頭は悪くサインも間違えるし、エラーしても全く落ち込まないし、勝手に盗塁するし、みんなのアイドルのマネージャーに手を出してチームの輪を乱すし、他校とは喧嘩するし、学校の成績は留年すれすれだし、授業にでても寝てばかりだし…」

あの、もう帰ってもいいでしょうか。

山城さんがくっくっくと笑いをこらえている。


 「俺はプロで成功するためには、特に下位指名の選手は何よりも向こうっ気の強さが必要だと思っている。あとはめげない心。

 倒れても倒れても立ち上げってくるような、雑草のようなタフさ。Gのような生命力。

 粗削りでもそういう要素を持つ選手は化ける可能性があると、俺は思っていた」

 そこで吉田さんは水を一口飲んだ。

 ところで聞き流したけど、Gってなんだろう。(知らぬが仏です。作者より)


「そして家庭環境。厳しい家庭環境で育った選手はハングリー精神がある。

 悪いがお前の家庭環境を調べさせてもらったが、母子家庭で育ち、しかも妹さんも進学を控えていた。

 そして高校卒業したら、社会人に進むか、野球をあきらめて就職するという情報もつかんでいた。

 だから俺はスカウト会議でこう言ったんだ。

 もし高橋が社会人に進んだら、間違いなく上位指名候補になります。

 今なら下位指名で契約金も安く済みます。だからお買い得ですってな」 

 テレビショッピングのセールじゃあるまいし…。


「そしてお前のプレーをビデオで見せると、当時の田中大二郎監督が強く興味を示してな。

 直観だけど、こいつは伸びるか、2年くらいでクビになるかのどっちかだ、と言っていたな。

 俺としてもまさか打率三割を打って、ベストナイン、ゴールデングラブ賞をとるまでの選手になるとは予想していなかったがな」

 そういって、吉田さんはもう一口水を飲んだ。


「まあ、その後俺は縁があって他チームでコーチをさせてもらったが、その時もお前のことはずっと気になっていた。

 お前は俺がスカウトとして、言わば最後に獲得した選手だからな」


「僕が人的保障で泉州ブラックスに移籍した時はどう思いましたか」

「正直なところ、泉州ブラックスはお目が高いと思ったな。

 もちろん静岡オーシャンズで目が出なかったのは残念ではあったが、これでチャンスを与えられるだろうとも思ったしな」


「その後、札幌ホワイトベアーズに移籍した時はどうでしたか」

「まるでわらしべ長者だと思ったな。

 お前にとっては2回の移籍は良いターニングポイントになっただろう。

 そういう意味でもお前は運が良いと思う。

 だからお前がもし大リーグに挑戦しても、きっと何か想像を超えたことをやってくれるんじゃないか。俺はそう期待している。

 残念ながらその姿を見届けることはできなそうだが…」


「大丈夫だ。代わりに俺が見届けてやる。

 だから高橋、アメリカへの航空券の回数券を用意してくれよな。定期券でも良いぞ」

 山城さんが余計なことを言う。

「ははは、頼むぞ。山城」

 吉田さんは愉快そうに笑った。

 そしてしばらく雑談した後、僕と山城さんは病室を辞した。


「吉田さん、思ったより元気そうでしたね」

「…」

 無視すんじゃねえ、山城さんのくせに。

 そう思って山城さんの方を見て、僕はハッとした。

 というのも山城さんはハンカチで涙を拭いていたのだ。

 そういうことか…。

 幾ら察しが悪い僕でも、吉田さんの病状が良く分かった。

 そしてそれからわずか2週間後、吉田さんは予定より早く天国へと旅立った。


 その知らせは練習帰りに聞き、僕はプロ入りの恩人に向け、東京の方角を向いて、手を合わせた。

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