第623話 ドラフト前秘話(3)
「俺が初めてお前のプレーを見たのは、実はお前が高校1年生の時だった」
「え?、1年生の時ですか?」
僕がレギュラーを掴んだのは、2年生の秋、つまり3年生の引退後だった。
僕は高校入学時は一応、野球特待生候補として、入学金は免除になっており、また授業料も半額だったが、正直なところあまり期待されていなかった。
山崎や平井は特別入部生ということで、1年生の時から主力の練習に加わっていたが、僕は一般入部扱いだった。
群青大学附属高校は、甲子園出場の常連校であり、野球部員は軽く100人を超えていた。
「でも1年生の時は、僕はいわゆる一般入部、いわゆるパンピーだったんですが…」
「そうだ。
だから俺はその時は当然、お前の事など知らなかった。
その時も山崎と平井目当てで、お前の高校の練習を見に行ったんだ」
なるほど。
でも僕は山崎、平井達とは扱いが違い、1年生の時は一緒に練習することなんて無かった。
「その日、練習を見終わって、近くの中華料理屋で、同行していた他のスカウトと飯を食った後、腹ごなしにブラブラと河川敷を歩いていたんだ。
夜9時近かったと思う。
すると1人の小柄な高校生が何度も何度も急な坂道をダッシュしていた。
俺は何をやっているのかと思って、じっと見ていた。
するとそいつは飽きもせず、何度も何度も同じ事を繰り返しているんだ。
しかも呆れたことに、下り坂でも早足で帰ってきたんだ。
普通、上り坂をダッシュした後、歩いて降りてくるものだ」
そして吉田さんは僕の目を見た。
「言うまでもないが、それはお前だった。
もちろんその時は一人で頑張っているな、という程度だった。
だが後日、お前の高校で練習試合があって、早く着きすぎたので、時間つぶしに2軍の練習場を見に行った。
するとちょうど紅白戦をやっており、一際目を引く選手がいた」
「なるほど、それが僕だったというわけですね」
「いや、違う」
違うんかい。僕はズッコケた。
「その時の選手は新田という選手だった」
あー、新田か。
確かに3年生の時のレギュラーで、一般入部から這い上がったのは僕と新田だけだった。
「その時、僕は何していたんでしょうね」
「その時のお前はベンチで一際大きい声を出していた。
はっきり言って、うるさいくらいだった。
そして7回からお前がショートの守備ででてきた」
「なるほど、そこで素晴しいプレーをしたんですね」
「いや、いきなり二遊間へのゴロをエラーをした。
グラブに当てたが、捕球できなかった」
何やっているんだ、その時の僕は…。
「だが俺が目を見張った。
俺はお前の守備位置を見ていたが、普通ならとても追いつけないような打球にいとも簡単に追いついた上でのエラーだった」
そしてそこで吉田さんは水を一口飲んだ。
「そしてその後もまたショートに打球が飛んできて、今度は無難に処理したが、俺はその動きに目を奪われた。
何ていうのかな。
上手いとか下手とかいうよりも、目を惹きつけられる動きだった。
正直言って、そのレベルの上手い高校生は全国では掃いて捨てる程いた。
だがその一挙一動に目を奪われる、という選手はなかなかいない。
俺はこの選手はもっともっと伸びると直感した」
良くわからないが、褒められているのかな?
「そしてその後も山崎、平井を見るついでに、お前の事も気にしていた。
すると予想どおり、2年生になったら急激に上手くなっていた。
しかもお前は見る度に、輝きを増していた。
俺は自分の目が間違っていたなかったことを確信した。
俺は正直なところ、他のチームのスカウトがお前に気づかないように願ったよ」
そこまで言われると、ちょっと照れる。
「そして2年生の秋にレギュラーになり、俊足の一番打者として、他チームのスカウトもお前に注目しだした。
3年生になる頃には、ほとんどの球団がお前のことをリストには入れていたし、静岡オーシャンズでもスカウト会議で名前が上がるようになっていた。ゴホッ」
話しすぎたのか、吉田さんは少しむせた。
「吉田、無理するなよ」
「何、大丈夫だ。
最後まで話したいんだ」
そう言って、吉田さんは話しを続けた。
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