第622話 ドラフト前秘話(2)

 僕は病院近くの花屋に入った。

「いらっしゃいませ」

 40歳くらいの物腰の柔らかそうな、優しそうな女性店員が声をかけてきた。

 ピンクの頭巾を被り、赤いエプロンをしている。

 

「何かお探しですか?」

「はい、あ、これ綺麗ですね」 

 僕の視界に立派な椿の鉢植えが入った。

 薄紅の花が咲いている。

「すみません、これください」


「あの、まさかと思いますが、病院へのお見舞いへ持って行くわけでは無いですよね?」

「え、そうですけど」

「それならやめたほうが良いですよ。

 もしよろしければ、お見舞用にアレンジしますが…」

「あ、そうですか。

 じゃあお任せします」

 餅は餅屋、花は花屋ということわざもある(初耳です。作者より)し、ここは素直にお願いしよう。


 ということで僕はアレンジしてもらった花束と、お菓子を持って病院に入っていった。

 そしてナースステーションで病室の番号を聞いた。

 どうやら、個室のようだ。

 そして中から話声がした。

 その声はどこかで聞き覚えがあるような…。

 誰だっけ?

 僕は首をかしげながら、中に入っていった。

 

「どうもこんちは」

 中に入って、僕は驚いた。

 そこにいたのは…。

 

「おう、お前シーズン前の大事な時に何やっているんだ」

 そこにいたのはご存知、山城さんだった。

 吉田さんはベッドに横になってはいたが、45度くらい上半身を起こしている。

 かなりやせ細り、顔色もあまり良くない。

 細くなった腕には点滴がついている。

 だが意識はしっかりしているようだ。

 

 「な、何で山城さんがこんなところにいるんですか?

 もしかして僕のストーカーですか?」

「何言っているんだ、バカ。

 吉田は俺の静岡オーシャンズ時代のチームメートだ」

 そうか、忘れていたが、山城さんは静岡オーシャンズでコーチをしていたっけ。


 「よお、高橋、久しぶりだな。

 シーズン前の大事な時期に、わざわざ来てくれたのか」

「はい、ご無沙汰しておりました。

 お身体が優れないと聞いて、球団の許可をもらいました」

「そうか、わざわざありがとうな。

 まあ見てのとおり、余命数カ月と言われている。

 残念ながら、お前の大リーグ挑戦までは見届けられそうにない」

 

「むしろ良かったじゃないか。

 高橋が大リーグで悲惨な目にあって、泣きながら日本に帰ってくる姿を見ないですんで」

「誰が泣きながら、日本に帰ってくるんですか。

 笑顔で帰ってきますよ。

 良い経験をしたって」

 「やっぱり帰ってくる前提じゃないか。

 アメリカに骨を埋めます、くらい言ってみろ。

 その方が日本のためになる」

「そうはどういう意味でしょうか?」

 僕と山城さんの会話を聞きながら、吉田さんが微笑んでいる。


「吉田さんと山城さんは同期入団なんですか?」

「おう、そうだ。

 吉田がドラフト1位、俺がドラフト6位だった」

「何だ、山城さんもあまり期待されていなかったんですね」 

「悪かったな。

 だからこそ、お前の行く末を案じて、発破をかけたわけだ」

「そうですか?

 最初の方の話を見返しても、そうは思えないんですが…」

 

 吉田さんは少し笑いながら言った。

 「でも山城も言っていたよな。

 俺の後継者が入ってきたって。

 ずっと気にはなっていたんだろう」

「まあ、そうだな」

 山城さんは照れたように言った。

 

「正直なところ、下位指名の選手は自分で這い上がるしかない。

 ドラフト上位指名の選手は、周りが何とか育てようとするが、下位指名の選手は言い方は悪いが、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、のようなところもある。

 その中で生き残れるのは、周りに頼らずに自分の頭で考えることができる奴だ」

 そう言いながら、山城さんはお茶を一口飲んだ。

 

 「だからあの夜、お前の申し出にすぐ乗ったのは、ある意味、お前からのアクションを待っていたからだ」

 「なるほど、まあそういうことにしておきましょう。

 ところで吉田さん、ドラフト時に強く僕を推してくれたと聞きましたが、それはどうしてですか?」

「そうだな」

 吉田さんは窓の外を一度見てから、僕の方を向いて、話しだした。 

 

 




 

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