第619話 身の程知らず?
ティラー・デビットソン選手の加入のニュースは、チーム内でも大きな話題となった。
内野は全ポジションを守れ、外野手もできるということなので、バッテリー以外のどのポジションの選手にとってもライバルとなる。
大リーグに定着できなかったレベルというのがどのくらいのものなのか。
僕にとっては、大リーグのレベルを知るための指標になるだろう。
また素直に大リーグ、そしてマイナーリーグの暮らしについても聞いてみたい。
テイラー・デビットソン選手は1週間後にチームに合流し、練習前のミーティングで紹介があった。
身長180cmと外国人選手としては、それほど大柄ではないが、やや細身で均整の取れた体型をしている。
「ミナサン、ヨロシクオネガイシマス。ペラペラペラペラ…」
第一声は日本語だったが、その後は英語で話し、通訳の村木さんが訳した。
挨拶の内容としては、この度日本で野球をやるチャンスをもらえて、うれしいです。
チームの勝利に貢献できるように全力を尽くします。
日本は初めてなので、色々と教えて下さい、というような当たり障りのない内容だった。
その後輪が解け、山崎から話しを聞いていたこともあり、早速僕は彼に挨拶した。
「ナイスチュミーチュー、マイネームイズ、リュースケ、タカハシ」
「オウ、リュースケ、タカハシ。アイ…なんとか…、ヤマザキなんとか…、…ミノホドシラズサン…、ペラペラペラ…」
は、なんですと?
今、なんて言った?
テイラーは満面の笑みを僕に向けて、握手を求めてきた。
僕は作り笑顔を浮かべて、握手をしながら、村木通訳の方に視線を向け、目で翻訳を求めた。
村木通訳が訳した。
「た、高橋選手にお会いできて嬉しいです。
貴方のことは山崎投手から聞いており、お会いするのを楽しみにしていました。
将来的に大リーグ挑戦を目指している素晴らしい選手と伺っています。
是非、日本の事を色々と教えて下さい」
「ミノホドシラズサン、と言われた気がしたのですが…」
「き、気のせいじゃないですか?」
村木通訳がとぼけている。
「ちゃんと訳して下さい」
僕は怖い顔をした。
「は、はい、あの、山崎投手からは、高橋選手のような走攻守揃った、素晴らしい選手を、日本語で身の程知らずさん、って言うと聞きました…」
村木通訳がハンカチで汗を拭きながら答えた。
ヤマザキの野郎…。
やはり高校時代に殺っておくべきだった…。
午前中はウォーミングアップから始まり、軽く身体を動かす。
その後は打撃練習。
僕は自分の番が来るまで、ストレッチをしなから、バッティングゲージに入った、テイラー・デビットソンの様子を見ていた。
キャンプ初日ではあるが、既にトレーニングを積んできたようで、身体のキレも良いようだ。
バッティングピッチャーのボールを右に左に、そして真ん中に気持ちよさそうに打ち返している。
広角に打ち分ける事ができる、器用なバッターのようだ。
そして軽く振った打球が、まるでピンポン玉のように外野スタンドに吸い込まれていく。
打球の性質はライナーが多く、内野の頭を越えるか、というような角度の打球がそのまま外野フェンスを越えるのだ。
「やっぱり向こうの選手は凄いな…」
隣に光村選手が来て話しかけてきた。
光村選手は僕と同学年の内野手で、いわゆるモブキャラだ。
当たれば飛ぶが、滅多にバットに当たらないという愛すべき男である。
守備は上達しつつあり、特にセカンドは僕のプロ入り1年目よりは上手い。
「そうだな…」
僕は素直に認めた。
「あの打球の鋭さは谷口に勝るとも劣らないな…」
光村選手が唸った。
「確かに…」
谷口はダンカン選手が退団した今、チーム一の長距離砲となった。
その谷口もライナー性の打球が多い。
テイラー・デビットソン選手は、長距離打者では無いと聞いていたが、この打撃練習を見ると、日本ならホームランの20本くらいは打てるかもしれない。
やがて僕の番となり、バッティングゲージに入った。
すると視線を感じた。
振り返ると、自分の番を終えた、テイラー・デビットソン選手が後ろ側で見ている。
よし、リーグの打撃ランキング3位に入ったバッティングを見せてやるか。
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