第618話 新外国選手獲得

 いよいよ11年目のキャンプが始まった。

 プロで11年目となると、チームでもベテランの領域に入る。

 若手の頃、ホテルは相部屋で、先輩選手と同室だったが、今は個室が与えられている。


 しかも窓から海が見える、オーシャンビューの部屋だ。

 僕も出世したものだ。

 今、ホテルの部屋から月明かりに照らされた夜の海を見ている。

 傍らには良く冷えた、グラスに入ったコーラ。

 ルームサービスで注文した。

 最高の気分だ。


 静岡オーシャンズ時代はキャンプの夜といえば、夜間練習後、谷口とウェート室に籠もって、競うように夜間練習をしたものだが、今はそんな無理はしない。

 繰り返すようだが、この年になると練習は量より質が大事である。

 

 ちなみに谷口は今もウェート室に籠もっているはずだ。

 まあ彼は病気だから、良い子は真似してはいけない。


 

 野手は内野班と外野班に分かれる。

 春季キャンプは秋季キャンプと異なり、開幕に向けた調整が最大の目的である。

 よって無理してはいけないのである。

 聞いていますか?

 ジャック新監督。


 キャンプ初日、金城ヘッドコーチから、班分けが言い渡された。

 僕は何と内野班と外野班を兼任というお達しだ。

 一応僕もアラサーなので、もうそんなに若くないですよ。

 あまり無理させると怪我しますよ…。


 13時頃から内野ノック、15時頃から外野ノックと、僕が両方参加できるように、わさわざ時間をずらしてくれた。

 皆さんの都合もあるでしょうから、そんなに気を使わなくて良いのに…。


 我がチームは昨年はクライマックスシリーズにも出られなかったし、エースの青村投手がポスティングで大リーグに挑戦したこともあり、昨秋のドラフトは投手を中心に指名した。


 外国人選手は、ここ数年、主砲として活躍していたダンカン選手が退団するなど、外国人野手はブランドンだけが残留した。

 なお投手は、ルーカス、バーリンとも残留している。

 

 なお、球団はまだ新外国人を探しているようだ。

 僕が外野に挑戦することになったので、内外野を守れて、強肩で長打力があり、できれば俊足で年齢も30歳そこそこの選手を狙っているらしい。

 そんなおあつらえ向きの選手が、日本に来るものか。


 ある朝。その日は休養日だったので、少しゆっくり起きて、部屋のテレビを付けた。

 ちょうどスポーツニュースをやっていた。


「次の札幌ホワイトベアーズが、新外国人選手として、前ニューヨークファイヤーバーズのティラー・デビットソン内野手と契約を締結しました」

 

 ほう、新外国選手が決まったのか。

 ん?、その名前をどこかで聞いたことがあるような…。

 まあ、いいや。

 ライバルは増えるが、チームが強くなるのは良いことだ。

 

 僕はベットで寝転びながら、その選手を検索した。

 フムフム、すごいな。

 ドラフト1位指名で、しかも全米でも5位の超有望株だったのか。

 なるほど、内野手だが外野も守れて、強肩、俊足でシェアなバッティングが持ち味ということか。


 AAAではそれなりの数字を残すものの、肝心な時にケガをしたりして、結果として大リーグに定着できなかったそうだ。

 大リーグで活躍するには、やはり数少ないチャンスを掴める運も必要なんだろう。


 そんな事を考えていると、携帯電話が鳴った。

 何と山崎からだ。

 僕はしばらく躊躇したが、意を決して着信ボタンを押した。


 「ヘロー、ミスタータカハシ」

 「お電話ありがとうございます。

 この電話番号は現在使われておりません。

 電話番号を確認の上、もう二度とかけてこないで下さい」

 

「おう、元気だったか?」

「ああ、この電話に出るまでは元気だった」

「それはよかったな」

 人の話を聞かない癖はまだ治っていないようだ。


「で、何のようだ。

 国際電話は高いから、手短にしてくれ」

「バカ、払うのは俺だ。

 1年中話し続けても、支払えるだけの年俸はもらっている」

 そういう問題ではない。

 

「で、何のようだ」

「おう、スポーツニュース見たか?」

「ああ、新外国選手の話だろう」

「そうだ。テイラーがそっちに行くことになった。よろしくな」

「ああ、そう言えば前ニューヨークファイヤーバーズって言っていたな。知っているのか?」

「相変わらずお前の頭は鳥頭だな。

 俺が言ったことを忘れたのか?」

「うん、忘れた。何だっけ?」

「バカ、606話を読み返せ。バカ、じゃあな」

 あの野郎、人のことを2回もバカって言いやがった。

 僕はプンスカしながら、二度寝した。

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