第616話 フロリダ自主トレ前半記

 「ハロー、クロサワ」

 フロリダの自主トレでは初回からお世話になっているバローズがやってきた。

 彼はいつもマイナーリーグや、独立リーグの若手選手を多く連れてきてくれる。


 アメリカの若手選手は、過酷な環境でプレーしているため、ハングリー精神があり、また身体能力が高い選手が多い。

 技術では、日本の若手も負けないが、それを凌駕するパワーを見せつけられることもある。


 そんな中で僕はどれだけやれるたろうか。

 不安は無いわけではないが、期待や楽しみの方が上回っている。

 基本的に僕はプラス思考なんだと思う。


 フリーバッティングの時には、外野を守らせてもらった。

 実戦と違って素直な打球が多いが、今の僕は打球の角度や、スピードを見て、最短距離で落下点に到達する練習を積む必要がある。

 今は数をこなす事が重要だ。


 そしてゴロの練習にもなる。

 外野ゴロは間違っても後ろに逸らしてはいけない。

 かといって、待って取っていたら、二塁ランナーがいれば簡単にホームインしてしまうだろう。

 つまり速やかにチャージして、確実に捕球し、速やかにバックホームが求められる。

 

「高橋。大分、うまくなったな」

 練習後、道岡さんに声をかけられた。

 道岡さんは札幌ホワイトベアーズのチームメートで、昨シーズンは不調に苦しんだ。

 今季は捲土重来を期するシーズンになる。

(僕もボキャブラリーが増えたと思いませんか?)

 

「はい、少しずつですが、外野守備の自信がついてきました」

「そうだ。エラーを怖がっていては、良いプレーはできない。

 お前の良いところは、良い意味でバカで無鉄砲なところだ。

 その持ち味はなくしてはいけない」

 

 不思議なもので、同じ事を言われても道岡さんに言われると、納得するが、三田村に言われたら、きっと傷害事件が発生するだろう。

 

 「隆、外野守備大分うまくなったな」

 帰り道に三田村に声をかけられた。

「そりゃそうだ。

 俺は天才だからな」

「まあ、エラーを怖がっては良いプレーは出来ないよな。

 隆の良いところは、バカでアホでエラーを恐れない無鉄砲なところなんだから、そこは無くしちゃダメだよな」

 

 本当に道岡さんと同じ事を言いやがった。

 僕は黙って、バットケースを開けた。

 翌朝、フロリダの地元テレビ局で以下のようなニュースが流れるかもしれない。

 

 「昨日、〇〇の路上で日本人同士の傷害事件がありました。

 被害者は日本のプロ野球球団のスタッフの男性(自称)で、同じく日本のプロ野球選手(未来のメジャーリーガー)から、プラスチックバットで殴られ、全治1時間の軽症を負いました」

 

「痛てぇな。

 いくらプラスチックバットとは言え、思い切り殴るなよ。

 ていうか、何でそんなものがバットケースに入っているんだ」

「ああ、翔斗が知らないうちにいれていたようだ」

 

 それは青色のプラスチックバットで、ご丁寧に“たかはししょうと”とひらがなで書いてある。

 バットケースは他の荷物と共に事前にフロリダに送っていた。

 開けるまで気が付かなかったが、翔斗のいたずらだろう。


「良かったな。

 もしこれが無かったら、本物のバットで殴っていたところだぞ」

「バカ、そんな事をしたらそれこそ傷害事件だ。

 外野挑戦どころでは無いだろう」

「バカ、世直しだ」

「バカにバカとは言われたくない」


 というように今日も和やかにホテルに帰った。

 帰る途中、少し回り道して帰ったら、ちょうど夕日が水平線に沈むところだった。

 これはフロリダだから、特別美しいということはないだろうが、それでもやはり美しいと思った。


 僕は夕日が好きだ。

 札幌で見る、山際に沈んでいく夕日も好きだし、東京で見る、ビルの谷間に沈んでいく夕日も好きだ。

 もし野球選手になっていなかったから、夕日鑑賞評論家を目指していたかもしれない。


 というように感情的な気分になったが、隣にいるのが三田村というのが頂けない。

 ちなみに谷口は今日も居残り練習に勤しんでいる。


 さあ、明日はオフで、早いもので明後日からは自主トレ後半だ。

 引き続き、頑張ろうっと。

 

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る