第614話 ボウネンカイ

 「知っているか。俺らの高校時代のチームって、黄金世代と呼ばれているんだぜ」

 体型的には今や元高校球児の面影が無くなった、柳谷が言った。

 

 彼は社会人野球に進んだが、既に現役を引退し、社業に勤しんでいる。

 社会人野球チームである、JR北日本のコーチも兼任しているが、運動量は落ちても食べる量は落ちないそうだ。

 食欲旺盛なのは健康的で悪いことではないが、僕らもまもなく30歳。

 基礎代謝が落ちてくる。

 お互い、生活習慣病には気を付けよう。

 

 「まあそうだろうな。

 今や日本の至宝となった大リーガーを出しただけでも凄いのに、未来のマイナーリーガー、そして世界初のゴリラのプロ野球選手、球界屈指の守備固めまでいるんだから、そう言われるのも無理もない」

 

 自分の事を日本の至宝と臆面もなく言えるのは、山崎の凄いところだと思う。

 嫌味ではない。

 本当にそう思う。

 これくらい厚顔無恥で無神経でないと、世界中から凄い選手が集まる、大リーグの舞台で活躍できないのかもしれない。

 

 僕も山崎を見習って、そういう能力を身につけた方が良いのかな。

 いや僕には無理だ。

 プライドが許さない。


「おい。未来のマイナーリーガーとは何だ」

 「テメェ、ゴリラのプロ野球選手って、俺の事じゃないだろうな」

 僕と平井で少し遅れて、ツッコんでやった。

 スルーしようとも思ったが、ツッコミを期待して待ち構えている山崎の姿を見ると、哀れに思えた。

 僕もまだまだ甘いな…。

 

「あれ、葛西は何も言わないのか?」

 僕は山崎の頭にビールをかけながら、聞いた。

「おう。だって球界屈指の守備固めって格好良くないか。

 必殺仕事人みたいで」

「まあ、確かに…」

 

 今季の葛西は、自己最高の82試合に出場し、打率.225だった。

 守備固めがメインだったが、スタメンで出場した試合ではサヨナラタイムリーを記録するなど、バッティングでも一定の成績を残した。


「で結局、俺のアドバイスどおりにしたってわけだな」

 山崎はおしぼりで、顔にもかかったビールを拭きながら聞いた。

 

「別にお前のアドバイスに従ったわけではない。

 色々な方々の話を聞いて、まずは日本で外野に挑戦することを決めただけだ。

 ちなみに色々な方々にはお前は入っていない。悪しからず」

 

「でも結果的に、俺のアドバイスどおりに外野への挑戦を決めたんだろ」

「お前の話なんて、何とかデビッドという鈍感な選手がいたという話と、シャンパンにはポテトチップスが合うという話だけだろう」

「全然、俺の話を聞いてないじゃないか」

「聞いているさ。雑踏での他人の会話を聞く程度にはな」


「まあ、そういじけるな。良いから飲め」と井戸川が山崎のグラスにビールを注いでやった。

 井戸川は高校時代は、7番センターで、俊足強肩でならした。

 今は家業の電気工事店で働いている。

 

 「おう、サンキュー。井戸川だけはいい奴だな。心の友よ」

 「そうだろ。ところで俺もロマネ・コンティとドン・ペリニヨンを飲んでみたいんだが。

 うちにそれぞれ1ケースずつ送ってくれないか?」

「おういいぜ。後で送っておく」

 山崎は二つ返事でOKした。

 もはや金銭感覚がおかしくなっているのだろう。

 井戸川も冗談だったようで、逆に驚いている。

 

「ところで山崎は結婚しないのか?」新田が聞いた。

「ああ、先月したぜ」

「はぁ?」

 僕らは驚いた。

 ニュースでも聞いていない。

 みんなが山崎を取り囲んだ。


「お前、それ冗談だろ?」

「何でこんな冗談言うんだ?」

「だって何で俺等に報告しないんだよ」

「だって、お前らに報告したら、冷やかすだろ」

「当たり前だろ。そのネタだけで、飲み会5回はできる」

「だから黙っていたんだよ」

 

「相手は誰だ?、人間の女性か?」

「当たり前だろ」

「歳は?、小学生とかじゃないだろうな」

「当たり前だろ。同い年だ」

「どこで知り合ったんだよ」

「長馴染だ」

「そんな話、聞いたことなかったぞ」

「ああ、言わなかったからな」

 

 この話題になると山崎の口は重くなった。

 だから僕らはあえてそれ以上は突っ込まなかった。

 ちなみに大リーグ3年目の今季の山崎は14勝したものの、打線の援護に恵まれない試合も多く、12敗した。

 でも防御率は自己最高の2.73だった。

 

 今回でこの連中との忘年会も10

回目となる。

 今後も続けていければ良いな、と思った。

 4次会後の翌朝5時に…。

 

 

 

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