第613話 トロフィーを眺めながら…
「何一人でニヤニヤしているの?
気持ち悪いわよ」
「パパ、なに、やにやにしてるの。
きもちわるいよ」
最近の翔斗は結衣の口調を真似てくる。
ちょっとうざい。
僕の目の前にあるのは、黄金に光り輝くグラブ型のトロフィーだ。
そうこれこそが、僕が1番欲しかった賞、つまりゴールデングラブ賞だ。
何度見ても、顔がにやけてくる。
ゴールデングラブ賞とは、守備のベストナインに与えられる賞である。
単純に言うと、そのシーズン、そのポジションで、リーグで1番守備が上手かったということだ。
選考は数字ではなく、記者投票で決められるので、印象に左右されるのは否めないが、投票する方々は長い間、プロ野球の取材をしてきた方々である。
そんな方々から認められた、というのは素直に嬉しい。
入団してすぐに挫折を覚えた僕が、プロで何とか生き残っていけたのは、何と言っても守備だろう。
プロ入りして最初の数年間は、非力な専守防衛の選手と言われたが、僕はある意味それを誇りに思っていた。
プロで生き残るためには、一つでも尖った特徴が必要だ。
パワー、ミート力、選球眼、俊足、強肩。
僕にとってそれは内野守備だった。
高校時代から守備には自信があったが、プロ入り後、その自信は粉々に打ち砕かれた。
しかし短い期間ではあったが、山城コーチから特訓を受けた事により多少の自信がつき、そしてその後の練習で磨き上げた守備によって、僕はプロで自分の居場所を見つけた。
だからその守備で認められた、というのは素直に嬉しい。
ゴールデングラブ賞のトロフィーは、金色の皮を使用して、本物のグラブづくりとほぼ同じ工程で作られており、実際に使用することもできる。
ちなみにその工程は動画サイトに上がっており、僕は何十回とその動画を見た。
そして横には盗塁王のトロフィーも置いてある。
守備で少しずつ出場機会を得てから、場数を踏んでそこそこ打てるようになり、段々とパワーがつき、出塁が増え、足の速さを活かせるようになった。
僕の足はプロでも速い方ではあるが、飛び抜けて速いとまでは言えない。
高校時代は僕よりも速い奴をほとんど見たことがなく、陸上部からもずっと勧誘されていた。
だが入団して、ドラフト同期の竹下さんを見て、自分は井の中の蛙と思い知らされた。
一緒に走っても、グングンと離されたのだ。
しかしながら、盗塁の成功を左右するのは速さだけではない。
スタートの良さ、トップスピードに達するまでの速さ、そしてスライディング。
これらが揃って初めて、プロのキャッチャーの送球をかいくぐって、盗塁を成功させることができるのだ。
プロのキャッチャーの送球は凄い。
ピンポイントで二塁ベース上、しかもタッチしやすい位置に投げる。
入団当初、合同自主トレで原谷さんの肩を見た時、とても驚いた。
しかもそれでもプロでは最初、通用しなかったのだ。
(原谷さんは今は更にレベルアップし、リーグでも盗塁阻止率は高い方になっている)
更に横にはベストナインのトロフィーまである。
ベストナインということは、走攻守全てでリーグを代表するショートと認められたということだ。
これは取れるとは思っていなかったので、嬉しい誤算だった。
今回、初めて11月下旬に開催されたプロ野球アワードなんちゃらというのに呼ばれて、表彰を受けたのだ。
その翌日にはゴールデングラブ賞の表彰式、そしてその翌日にはオーストラリアへの出発を控えていたので、かなり慌ただしかった。
よってじっくりとトロフィーを眺めることができたのは、日本に帰国後となってしまった。
「ねえ、これらのトロフィーを飾るための棚を買おうよ」
「嫌よ、この部屋のどこにそんな場所があるのよ。
ただでさえ、手狭になっているのに更に狭くなるわ」
帰国後、僕らは所要があり、一度札幌の自宅に帰った。
帰る直前に、球団事務所に預かってもらっていたこれらのトロフィーを受け取ったのだ。
そしてオーナーからは、ポケットマネーで金一封を頂いた。
無造作に封筒に入っており、かなりの厚さだった。
僕のポケットマネーにしようと企んだが、すぐに善意の第三者を名乗る人物から結衣に報告があり、帰宅後、封筒のまま没収となったため、幾ら入っていたかは知らない。
しっかりものの奥さんを持った僕は幸せであり、告げ口好きの同期を持ったのは不幸だろう。
さあ、気を取り直して大阪に戻ろう。
今晩は年末恒例のあの行事がある…。
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