第612話 ジャパニーズニンジャ?

 先ほどのプレーで外野守備の怖さを思い知ったが、かといって急に上達するわけでもない。


 5試合を終えた時点で、僕は記録に残るだけで6個のエラーをしていた。 

 これは危機的な状況である。

 

 普通、外野手は滅多にエラーをしない。

 前にも述べたように外野手のエラーは、即失点に繋がってしまう。


 エラーの内容は様々である。

 打球の目測を誤り、後ろに逸らした。

 ヒットの打球のバウンドが変わり、トンネルした。

 ファールゾーンギリギリの打球に追いついたが、グラブに当てて落とした、等など。


 最初は温かい目で見てくれたチームメートからの視線も厳しくなっている。

 ロッカールームでも僕の方を見て、噂をされているのを感じる。


 僕は五香選手に何と言われているかこっそり聞いてみた。

「まあ、聞きたいというなら教えてやるけど…」

 五香選手は最初は渋っていたが、僕がしつこく聞いたので教えてくれた。

 

「アイツって日本では一流選手らしいけど、アイツで務まるなら、俺も日本に行こうかな、とか、あんなに外野守備のセンスない奴も珍しいぜ、とか言っていたな」

「そうか…」

「まあ、気にするな。

 お前だって、こうなる事をある程度わかっていて、こっちに来たんだろう」

 

 確かにそうだ。

 秋季キャンプにて、一定の基礎は身についたつもりになっていたが、実戦に不安を感じていた。

 そしてこっちに来て、その不安が悪い方に的中してしまった…。


 ちなみにバッティングの方は好調であり、打率は4割を超えている。

 それだけは救いではある。


 今日の試合も1番レフトでスタメン出場を告げられた。

 チームメートからの視線は厳しさを増しているのを感じる。

 でも僕には下を向いている余裕は無い。


 外野手に挑戦することの大変さは覚悟していたはずだ。

 もともと僕は器用なタイプではない。

 今でこそ、セカンドそしてショートの守備は自信があるが、高校入学当初はひどいものだった。


 それが練習に継ぐ練習で、試合に出られるようになり、レギュラーを獲得し、ドラフト指名されるまでになった。

 プロ入りしてからも、決して順風満帆ではなかった。

 僕みたいに不器用なタイプは、練習、そして実戦を重ねて、身体に覚え込ませるしかないのだ。

 

 そしてこの日の試合は、守備機会が5回あったがいずれも無難にこなし、翌日の試合もエラーはなかった。

 少しずつ、外野守備に慣れてきたのを感じる。

 

 そして早くも12月下旬となり、帰国の日が近づいてきた。

(もともと12月のみの契約だった)

 最後の試合、3対2と1点リードした9回裏の守り。

 ツーアウト満塁となり、やや前よりに守っていた。


 すると大飛球がレフトに飛んできた。

 僕は打球の角度を見て、必死に背走した。

 すると目の前にフェンスが迫ってきた。


 僕は後ろ向きのまま、ジャンプし腕を伸ばした。

 すると打球はグラブの先に収まったが、そのままフェンスに衝突した。


 僕はグラブの中を見た。

 捕っている。

 そしてその体勢のまま、グラブを高く掲げた。


 立ち上がり、ベンチに戻ると、チームメートが皆出迎えてくれた。

 口々に何か言っているが、内容はもちろん分からなかったが、貶されてはいないだろう。

 ハイタッチし、最後にマウンドにいたジョーンズとは軽く抱き合った。

 最後の最後に良いプレーを見せることができて良かった。


 「なあ、皆何て行っていたんだ?」

 帰り支度をしていた五香選手に聞いた。

 

「ああ、やるじゃねぇか小僧とか、あれを捕れるのはサルかタカハシくらいだとか、さすがジャパニーズニンジャだとか、まあそんな感じだな」

 最後のはちょっと嬉しい。


 そして皆でグラウンドをバックに記念写真を撮った。

 約1か月と短い間であったが、エラーばかりする日本人に辟易していただろう。

 でも段々とチームメートと打ち解けることができ、最後は皆で僕のユニフォームに寄せ書きをしてくれた。

 この記念写真とユニフォームは、きっと僕の宝物になるだろう。


 「来てよかっただろ」

 帰りの飛行機の中で、五香選手が言った。

「ああ、誘ってくれてありがとよ」

 

 実は今回のオーストラリアリーグへの参加は五香選手が、球団に掛け合ったことに端を発する。

 それに僕も加わったというわけだ。


 さあ年末年始を過ごしたら、またフロリダでの自主トレだ。

 いよいよ11年目のシーズンが始まる。

 


 


 

 

 

  

 


 

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