第608話 GT組と豪州修行

「おらー、外野守備を舐めんなよ。

 そんな事で試合に出られると思うか」

 ここは高校野球か。

 僕は薄れつつある意識の中で、今自分自身の置かれている状況を整理した。


 えーと、前話まで読み返すと、僕はプロに入って、曲がりなりにも10年プレーして、1億円プレーヤーにまでなった。

 昨シーズンは、打率はリーグ3位で盗塁王を獲得した。


 普通なら今頃はシーズンの疲れを癒すために、温泉やリゾート地でオーバーホールをしている頃ではないだろうか?


 確かに僕は今、リゾート地(沖縄)にはいる。

 でもやっていることはオーバーホールとは真逆であり、シーズンで疲れた体を更には痛めつけている。

 

 なぜ僕は今、こんなところで、意識朦朧としながら、ノックを受け続けているのだろう。

 前話を読み返すと、どうやら僕は自分で志願したらしい。

 自分で自分が恨めしい。  

 

 「おら、そこ。ぼんやりするな。

 しっかりボールを追え」

 村雨外野守備走塁コーチの檄が飛んでいる。

 外野守備はきつい。

 ノックも前後左右に揺さぶってくるので、走る距離が長い。

 

「いいか、お前はバカなんだから、頭で考えても無駄だ。

 体に外野の打球を覚え込ませるんだ。

 わかったな、バカ」

 一般社会ではこれはパワハラというのではないだろうか?

 いや、モラハラかもしれない。


「ほら、休んでいる暇ないぞ。

 次行くぞ、次」

 僕はフラフラになりながら、打球を追った。

 倒れる寸前が1番上手くなるというが、もうすぐその域に達するかもしれない…。


 秋季キャンプでGT組に配属と聞いて、覚悟はしていた。

 GT組とは「外野の基礎を叩き込んでやる」組の略だ。

 僕以外は、高卒で入団2年目の島選手と大卒で入団1年目の宮田選手、そして大卒3年目の佐和山選手の3名だ。

(佐和山選手は一回目の戦力外通告期間は生き残ったようだ。

 でも秋季キャンプの結果如何では、戦力外もありうるだろう)


 体力が有り余っている若手と、アラサーの僕を同じメニューというのは無理があるのではないだろうか。


「ほら、佐和山。

 高橋みたいなロートルに負けているようじゃ、来年はないぞ」

 アラサーとは言え、僕はまだ28歳である。

 うら若き二十代の若者を捕まえて、ロートル扱いはひどいのではないだろうか。

 せめてベテランと呼んでほしい。

 

 秋季キャンプではとにかく体力づくり、ダッシュ、そして外野の特守に明け暮れた。

 この間、ほとんどバットを持たなかったので、来シーズン握り方を忘れてしまったらどうしょう。

(そんな事で忘れるようなら、さっさと引退して下さい。作者より)


 地獄の秋季キャンプは、休日を2日挟みながら、約2週間続いた。

 きつかった。

 本当にきつかった。

 ものすごくきつかった。

 でもきつかった経験というのは、後から自信に変わる、ということを僕は知っている。

 

 そして佐和山選手、島選手、宮田選手とはずっと一緒だったので、親しくなることができたし、村雨外野守備コーチからも、外野守備初級のお墨付きをもらうことができた。

(試合に出るためには、超上級が必要だそうだ。

 無理な気がする…)


 そして1週間ほど休んだ後、僕はオーストラリアへ旅立つ。

 シーズンの疲れを癒すためのオーバーホール…ではない。


 球団の計らいで、オーストラリアリーグへの派遣者に加えてもらったのだ。

 秋季キャンプで外野守備の基礎を叩き込まれたとは言え、実戦を積まないとカンを磨くことができない。


 村雨外野守備コーチはノックの名手であるが、それでも試合の打球とは性質が異なる。

 ノックでは慣れてくると、打球の角度から、大体の打球の到達点がわかるようになる。


 ところが実戦では、例えばフルスイングした打球が詰まって、前に落ちたり、風に流されたり、ドライブがかかったり、予想外に伸びたりする。


 それらを瞬時に判断して、打球が来る位置に最短距離で到達する能力が、外野手には求められる。

 そしてその能力は、実戦で経験を積まないと磨かれないのだ。

 

 また、外野手がもしエラーすると、多くの場合、即失点に繋がる。

 内野手と違って、エラーは許されないのだ。

(内野手だって、許されるわけではありません。作者より)


 ということで、僕はシドニー行きの航空機の機内にいる。

 球団支給はエコノミークラスだったが、奮発して差額を自分で払い、ビジネスクラスにした。

 身体が資本なので、せめて移動は少しでも楽にしたい。

 フルフラットになるシート、そして美味しい食事を楽しみながら、新たな修行の地である、豪州つまりオーストラリア大陸に向かっている。

 

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