第607話 GT組って何ですか?
翌日、僕は飛行機で伊丹空港から新千歳空港へ向かった。
球団に僕の決断を伝えるためだ。
「どうもお待たせしました」
応接室に北野本部長とジャック新監督、そして神経質そうな査定担当の山本さんが入室してきた。
「こちらこそ、お時間を頂きありがとうごさいます」
「ということは、どうするか決めて頂いたんですね」
「はい、決めました」
「そうですか。まずはおかけ下さい」
僕達は応接セットのソファーに座った。
軽く世間話をしていると、事務の女性がお茶をもってきてくれた。
そしてその方が退室後、いよいよ本題に入った。
「決断するまで待って頂き、ありがとうごさいました」
「いえいえ、高橋選手にとって野球人生を左右する大事な決断です。
我々としても、じっくりと待つつもりでおりました」
「ありがとうございます。
それでは結論から言います」
僕は、北野本部長、そしてジャック新監督、山本さんを見回した。
「僕は来年も札幌ホワイトベアーズにお世話になります」
「おお…」
緊張して僕の話を聞き入っていた、御三方から感嘆の声が漏れた。
「来年も、というのはどういう事でしようか?」
しばしの沈黙後、山本さんが口を開いた。
「はい、しばらく時間を頂いて、僕は本当に大リーグに挑戦したいのか、それは何故か、自問自答しました」
そこでお茶を一口飲んだ。
「結論としては野球人として、最高峰の舞台でプレーしてみたいという、単純な欲求でした」
「なるほど」
「そしてそれは今も変わりません」
僕以外の3人は顔を見合わせている。
「それでは来年も当チームに残留というのはどういう意味でしょうか?」
「はい。その一方でも自分の実力を冷静に見ると、やはり大リーグで成功するには力不足だと思います」
「なるほど」
「だから僕は自分自身に課題を課すことにしました」
「課題…ですか?」
「はい、来季、札幌ホワイトベアーズで外野手に挑戦して、打撃成績で今年以上の数字を残すこと。
それが僕が僕自身に与える課題です」
「なかなか厳しい課題ですね」
「はい、でもそれくらい達成できないようなら、大リーグに挑戦してもマイナーリーグで終わってしまうでしょう」
「もし達成できなかったら、その後はどうするおつもりですか?」
北野本部長の目つきは鋭かった。
「はい、その時はその時です。
僕をトレードに出しても、自由契約にして頂いても構いません。
日本に残ります」
「そうですか。
実は高橋選手がそう申し出る可能性を、ここにいる山本君は想定していました。
山本君、1年契約の場合の条件を提示してあげて下さい」
「はい、わかりました」
山本さんは手元の書類ケースから1枚の紙を取り出した。
「基本的には先日ご提示した3年契約の1年目と変わりません。
つまり年俸1億5千万円プラス出来高払い5千万円です」
「ありがとうございます」
「先日の条件と違うのは来季終了後、その次の年の契約の選択権が高橋選手にあるということです。
高橋選手が契約延長を希望した場合は、当チームは来季と同じ条件で契約を締結します。
つまり、もしその次の年も高橋選手がチーム残留を希望したら、1億5千万円プラス出来高払い5千万円で契約するということです」
「素晴らしい条件提示、ありがとうございます。
是非、それでお願いします」
北野本部長、ジャック新監督の顔がほころんだ。
山本さんの表情は変わらない。
眼鏡を触っており、ほぼ無表情である。
「一つ僕からお願いがあります」
おもむろに切り出した。
「何でしょうか」
「今度の秋季キャンプ。
参加メンバーに僕も加えてください」
「秋季キャンプ、ですか?」
「はい、僕は来季は外野に挑戦したいと思っています。
そのために早くから外野の練習を積みたいと思います」
ジャック新監督が大きく頷いた。
「リョーカイデス。
ジツハワタシカラモ、テイアンショウ、カンガエテマシタ。
ゼヒ、サンカシテクダサイ」
「ありがとうございます」
「でもうちのチームの秋季キャンプは結構厳しいですよ。
技術以前に基礎体力が不足している若手に、プロの厳しさを体に覚え込ませるのが目的なので…」
「そうですか、なるべくベテラン組でお願いします」
「タカハシハ、GTグミネ」
何だそれは嫌な予感しかしないんだが…。
静岡オーシャンズ時代に、TK組というのに2年連続で配置され、それはそれは辛かった。
ちなみにTKとは、有名音楽プロデューサーの曲に合わせて練習する、という意味ではもちろんない。特別強化組の略だ。
「それは外野強化組ということでしょうか?」
(外野強化なら略すとGKです。作者より)
「オシイデスケド、スコシチガイマス」
「じゃあ何の略ですか?」
「ガイヤノキソヲ、トクベツニタタキコンデヤル、グミデス」
「すみません。やはり、秋季キャンプは辞退でお願いします…」
ということで少なくとも来季は札幌ホワイトベアーズに残留することになった。
しかも外野へ挑戦。
決まったからには、必死に頑張って、レギュラーを取り直すつもりでやろう。
そう心に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます