第605話 ありがたきは昔の仲間?

 大阪に帰ってから、黒澤さんや道岡さん、岸さんと高台さんのちょい悪コンビ、それからドラフト同期の杉澤さんや竹下さん、飯島さんに直接会ったり、電話したりして意見を聞いた。

(高台さんからは、お前がいなくなったら、誰がすすきの案内してくれるんだ、と嘆かれた。

 無料の案内所でもご利用ください)


 皆さんそれぞれ、親身になって貴重な意見を下さり、非常にありがたいと思った。


 札幌ホワイトベアーズから条件提示を受けてから、早くも2週間近く経つ。

 いくら期限を設けないとはいえ、いつまでも結論を先延ばしにするのも申し訳ない。

 来季のチーム編成作業にも響くだろうし。


 今日、僕は実家アパートに帰っていた。

 母親には以前から、もっと良いところに引っ越すことを提案しているが、首を縦に振らない。

 父親と暮らした思い出や、僕と妹と過ごした思い出がつまっており、ここから離れたくないそうだ。

 もっとも僕にとっても思い出がつまった部屋である。


 古いアパートだけど、構造はしっかりしているようで阪神淡路大震災でもびくともしなかった。


 結衣と翔斗は結衣の実家に帰しており、僕は住み慣れた僕の部屋(基本的に昔住んでいたままである)の布団に寝転んで、いろいろなことを考えていた。

 少し一人で考える時間が欲しかったのだ。


「ピーンポン」

 誰だ、こんな21時過ぎに。

 全く非常識な。

 母親はパートの飲み会でまだ帰ってきていない。

 仕方がないので、僕が玄関に行き、ドアスコープから外を覗いた。


 そして外の様子を見て、体がすくみ上がるのを感じた。

 ぼくは足音を忍ばせて、部屋に戻った。

 つまり居留守だ。


「おい、いるんだろ。開けろ」

 僕は布団を被って無視した。

「どうやら、いないらしいな」

「おかしいな。

 実家にいるってタレコミがあったんだけどな」

 大きな声が聞こえる。

 誰だ、タレこんだのは。

 多分妹だろう。


「おい平井。とりあえず窓ブチ破るか。鉄格子があるけどお前ならイケルだろ」

「よし来た。山崎、バット貸してくれ」

僕は慌てて飛び出して、ドアを開けた。

 

「何だ、いたのか」

「いたのか、じゃねぇよ。

 どうしたんだ、メジャーリーガー様とフリーター様が雁首並べて」

 そこにいたのは高校時代の野球部のチームメートだった、山崎と平井だった。

 

「だれがフリーターだ。

 俺はちゃんと駅員している」

「何しに来たんだ。

 まあ、仕方ない。入れ」


 声のでかい奴が玄関に居座っていると近所の方に、警察へ通報されるかもしれない。

 家に上げたくはないが、背に腹は代えられない。

 

「お前ら、水で良いか。

 大阪の水道水はなかなかうまいぞ。

 しかもうちは浄水器もつけているし」

「お構いなく。

 ほら、差し入れ。

 ビールだ。

 プレミアムモ〇〇と〇ビスだ」

 さすが平井はバカ力。

 ビール2ケースを軽々と肩に抱えていた。


 「俺からの差し入れはシャンパンとワインとウイスキーだ。

 ほら飲もうぜ」

 山崎は無造作にビニール袋に入ったビンを僕に渡した。

 

 中を見て、僕はびっくりした。

 世の中広しといえど、差し入れにドン・ペリニヨンとロマネ・コンティを持ってくる奴はあまりいないと思う。

 ちなみにウイスキーは山崎の25年ものだ。

(名前が同じだから、愛飲しているそうだ)


 ビニール袋の中には、つまみとして6Pチーズとさけるチーズ、ミックスナッツ、ポテトチップスが入っていた。

 

 「お前ら、何しに来たんだ」

 リビングのミニテーブルの前を挟んで、山崎と平井が座った。

 僕はとりあえず冷凍庫から、ロックアイスを取り出して、トングとともにテーブルの上に置いた。

 そして食器棚からガラスのカップを3つ取り出した。

 サイダーの景品で貰ったもので、昔のアニメキャラが描いてある。


「お構いなく。

 おい、ソムリエナイフないか?」

「そんな上等なものはここには無い」

 僕はカッターナイフと以前100円ショップで購入した、コルク抜きをテーブルに置いた。

 

 山崎がロマネ・コンティのコルクを抜き、コップに注いだ。

「ほら、飲め。美味いぞ」

 無造作に僕の前に置いた。


「意外とポテチとも合うんだ。これ」

 山崎がポテトチップスをつまんで口に運んでから、ロマネ・コンティを一口飲んだ。

 作者はもちろん試したことが無いので、美味しいかどうか知らないが、山崎が美味しいというのならきっとそうなんだろう。

 しらんけど。


「で、何しに来たんだ」

 缶ビールを開け、一口飲んでから聞いた。

「おう、それそれ。

 結局どうすんだ。お前」と平井。

 

「あ、何が」

「来年だよ。

 マイナーリーグに挑戦すんのか?」

 ワインを傾けながら、山崎が言った。

 

「誰がマイナーリーグ挑戦だ」

「じゃあ、日本に残るのか?」

「何でマイナーリーグと日本残留しか選択肢が無いんだよ。

 ポスティングでメジャー契約となる可能性だってあるだろうが」

「ない」

 山崎がキッパリと言った。

 

「これからメジャー挑戦の厳しさを講義してやるから、耳をかっぽじって聞け」

 とりあえず、山崎が大リーグでプレーしているのは確かだ。

 仕方がない。

 何かの役に立つかもしれないので聞いてやろう。 

 

 

 

 

 

 

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