第604話 臨時の同期会(その2)

 「おれは隆の大リーグ挑戦は、強いて言えば反対だ」

「ほう、それはなぜだ」

「それはだな」

「うん」

「聞きたいか?」

「ああ」

 

 谷口はあまりこういう時、もったいぶるタイプではない。

 でもなかなか話そうとしない。

 早く言えっちゅうねん。

 どつくぞ、ワレ

 

「いい加減にお聞かせ願おうか」と三田村。

「それはだな…。

 お前が大リーグ行ってしまったら、寂しいからだ…」

 僕らはズッコケた。

 こいつはそういうキャラではないはずだ。


「どうしたお前。

 熱でもあるのか?」

「いや、純粋にそう思う。

 お前がいたおかげで、俺も早くチームに溶け込むことができたし、レギュラーを掴むことができた」

 

「いやいや、お前の実力だろ。

 ほら、よく言うだろ。

 努力する奴が必ずしも成功するわけではないけど、成功するやつはすべからく努力しているって」

 原谷さんが珍しく良いことを言った。

 

「そうか、だから原谷さんはあまり成功していないんですね」

 三田村が余計な事をいう。

 僕は知っている。

 原谷さんだってこう見えてかなりの努力家だ。

 ただ極端にそれを人に見られたくないだけだ。

 そうでなければ、控えとは言え、大卒でプロで10年も過ごすことはできない。

 

 谷口は僕がプロに入った時から、誰よりもよく練習していたし、僕も谷口に負けないように張り合ってきたから今がある。

 そういう意味では、ライバルであり、戦友であり、目標でもある。

 

「それはありがとよ。

 お前も来季、大リーグに挑戦したらどうだ」

「いや、俺は無理だ。

 お前と違って、身の程をわきまえている」

 ん、それはどういう意味かな?


「率直に言って、隆には何かやってくれるかもしれない、底知れぬものを感じる。

 十中八九、大リーグ挑戦は失敗して、路頭に迷うことになるだろうが、万に1つ、意外とやるんじゃないかという期待を抱かせないこともない」

 やっぱり、君は喧嘩を売っているんだね。

 表へでてくれるかな。

 2人でじっくりと話し合おうか。


「俺もそう思う」

 モブキャラ原谷さんが口を開いた。

「隆が大リーグ挑戦すること自体は賛成だ。

 このレベルの選手が大リーグに挑戦したら、どんな悲惨な事になるか、良い教材になると思う。

 隆の事例は、今後の選手たちに無謀な大リーグ挑戦を思いとどませるよい前例になるだろう」

 なるほど、なるほど。

 原谷さん。

 貴方も僕に喧嘩を売っているんでしょうか。


 「ミムはどう思う?」

 原谷さんが焼き肉を頬張っている三田村に聞いた。

 さっきから、肉を焼くのにご執心で、人の話を聞いているのか良く分からない。

 

「ここは当然、隆のおごりだよな。

 悩みを聞いてやっているんだから」

「ああ、お前が良いアドバイスをくれればな。

 今の時点では俺の分もお前が払え」


「そうだな。

 あとはこれとこれが良いかな。

 すみませーん」

 三田村は店員を呼んで、追加注文した。

 お前は何しに来たんだ。


「そうだな。

 俺はもう1年、札幌ホワイトベアーズに残った方が良いと思うぞ」

「もう1年?」

「ああ」

「それはなにゆえに?」

 原谷さんが聞いた。


「率直に言って、隆が大リーグに挑戦しても、レギュラーとしてメジャー枠に入るのは至難の業だと思う」

「うん、そうだな」

「俺もそう思う」

 その点について、皆の意見が一致しているのが僕としては面白くない。


「でも控え選手としてなら、可能性はあると思う。

 内野守備はそこそこだし、代走としても使えるし。

 後はやはり外野を守れるかどうかだと思う。

 もし隆が外野を守れれば、チームとしてはベンチに置いておきたいと思うんじゃないかな」

 「なるほど」

 

「だから大リーグ挑戦を前提に、1年契約で札幌ホワイトベアーズに残って外野手として出場してはどうだ」

「ああ、それは良いな。

 隆、そうしたらどうだ」と谷口。


 球団からも外野への挑戦を勧められたし、山城さんも同じ事を言っていた。

 なるほど1年契約か。

 その手があった。


「三田村。

 良いアドバイスありがとう。

 お前の分は半分出してやる。

 谷口と原谷さんは自分で払って下さいね」

「お前な。これから何億も稼ごうという奴が、そんなみみっちいことでどうするんだ。

 はい、伝票」


 ということで10万円を軽く超える支出になった。

 えーと、ここはカードは使えるのかな。


 ……………………………………

「じゃあ、次会うのは年末のドラフト同期忘年会かな。

 三田村、幹事よろしく」

「へい、了解っす」

 

「その時には来季どうするか決まっているんだろうな」

「はい、なるべく早く決めたいと思っています」

「決まったら教えてくれよ。

 残念会をやってやるから…」

 壮行会の間違いですよね?


 ということで臨時の同期会はお開きになった。

 なるほど1年契約で残留か。

 新たな選択肢が増えた。

 そう思いながら、僕は帰省した家族の待つ大阪への新幹線に乗り込んだ。 

 

 

 

 

 

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