第603話 臨時のドラフト同期会

 球団から予想以上の好条件を提示され、結衣ともじっくり話したが結論は出なかった。


 結衣は一貫して、お金はどうとでもなるので、僕がしたいようにして欲しいと言ってくれている。


 ところで僕は本当に大リーグに行きたいのだろうか。

 最近、自問自答している。


 プロ4年目。

 黒澤さんから招待を受けて参加したフロリダでの自主トレ。

 目に入るもの、耳に聞こえるもの、広い空、そして街の雰囲気。

 全てが刺激的だった。


 そしてそれは5年ぶりに参加した、昨年のフロリダでの自主トレでより強く感じた。

 そして今年も2年連続で、渡米しての自主トレを行い、漠然とした思いは確信に変わった。

 僕はやはり野球の本場、アメリカでプレーしてみたい。


 桁違いに大きい練習施設。

 強い太陽の日差しは、緑のフィールドを美しく照らしていた。


 練習がオフの日には郊外をドライブした。

 どこまでも続くような道路と広大な大地。

 地平線というものを初めて見たし、そこに沈む夕陽に心から感動した。

 僕はアメリカでプレーしたい。

 それが素直な希望である。


 それでは例えマイナーリーグや独立リーグでも良いのか。

 もし独り身ならそれでも良かった。

 でも自分には家族がおり、そして来春には2人目が産まれる。

(ちなみに女の子との事だ)


 だから結衣がしたいようにして良いと言ってくれていても、家族のことを考えないわけにはいかない。


 そして自分の実力がアメリカで通用するか。

 正直言って、悩んでいる原因はこれが1番大きい。

 過去に日本球界からアメリカに渡った内野手は、押し並べて苦戦したようだ。


 特にショート。

 アメリカでは球際の強さや、捕球の上手さはもちろんのこと、肩の強さも求められるそうだ。


 更に言うと、今の大リーグはパワー重視らしい。

 2番にチーム一の強打者を置くというトレンドもあり、僕のような小兵はそれに逆行しているのではないだろうか。

 

 またアメリカは日本以上に野手の控えの数が少ないとも聞く。

 スタメン以外は、内野手、外野手1人ずつと、両方守れる選手を1人の3人くらいだと言う。


 日本なら代走、守備固めとしても生きていくチャンスはあるが、アメリカではそうはいかない。

 さあそれでも貴方は大リーグに挑戦しますか?

 そのように問われているように感じる。

 

 こういう悩める時はいろいろな人から話を聞くに限る。

 例えその相手が三田村や谷口でも何らかのヒントになるかもしれない。

 ということで、僕は臨時の同期会を招集することにした。


「あのな。いくらシーズンオフとは言え、俺はヒマじゃないんだぞ」

「いいだろ。どうせクライマックスシリーズも終わったし、ヒマだろ」

「シーズンオフはシーズンオフで色々と忙しいんだ。

 シーズン中できなかった家族サービスもしないといけないし…」

「大丈夫だ。

 あいつはほっといても、好き勝手生きてる」


 僕はドラフト同期の一部と静岡市内の某所で会っていた。

 第2部から読み始めた方には意味不明な会話だと思うので、少し補足する。


 この会話の相手はドラフト同期の三田村である。

 僕と同じく高卒で静岡オーシャンズから4位指名を受け、投手として入団したが、相次ぐケガのため、結局1軍登板なく4年で引退した。


 しかしながら、一番最後に登板した2軍の試合で完全試合達成という、強烈なイタチの最後っ屁をかまし、一部では伝説になった。


 その奥さんは可愛らしい見た目とは裏腹にワガママな女性だ。

 僕はその女性とは、幼い頃からの付き合いであり、性格も趣味嗜好も行動パターンも熟知している。

 世間一般の言葉では妹とも言う。


 谷口も僕と三田村のドラフト同期であり、高卒で2位指名を受けた。

 何の因果か、紆余曲折の末、なぜか今は札幌ホワイトベアーズでチームメートになっている。


 ドラフト上位指名ということで、

長年期待されていたが、なかなか実績を残せず、現役ドラフトで札幌ホワイトベアーズに移籍してから、レギュラーを掴んだ御仁だ。


「ということで、どう思う?」

「おい。俺の存在を忘れているのか、無視しているのかどっちだ?」


 ああもう一人、モブキャラがいたのを忘れていた。

 ドラフト同期で、5位指名を受けて静岡オーシャンに大卒で入団した、捕手の原谷さんだ。

 非常に地味なキャラクターであるが、ドラフト同期7人のうち、唯一、静岡オーシャンズに残っている。

 年上であるが、飾らない性格ということもあり、僕ら高卒組とはずっと仲が良かった。


 「そんな好条件なら、迷わず残留だろう」

 寿司を口に入れながら、原谷さんが言った。

「もし俺なら、その場で頭を床にこすりつけて、是非その条件で契約してください、と言うけどな」

 そういう原谷さんは今シーズンも第2ないし、第3捕手の座を死守し、来季も何とか契約してもらえそうだ。


「谷口はどう思う?」

 三田村が谷口に話を振った。

「そうだな」

 それまで黙っていた谷口が口を開いた。

(次回に続く)

 

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