エピローグ➂
「お集りの皆様。本日はお忙しい中、我が国で初上演となる劇を観覧しに来て頂き誠にありがとうございます」
半円形の観覧席には隙間なく観客が詰め寄せ、彼らは上演される演目が始まらんかと待ちわびていた。
サン・ペルジーノ女伯とエミリア侯爵夫婦が恋に焦がれる男女を演じる、新たに書き起こされた劇を。
「早くしてくれー。
「お、これは失礼。皆様は老夫婦の顔よりも我が娘が創り上げた劇の方をご覧になりたいようですね」
御年三八歳のジュリアーノの冗談に会場は笑いに包まれる。彼は老いてもなお茶目っ気を忘れないお方であった。
「皆様、お待たせいたしました。本日上演される劇は『新解釈ピュラモスとティスペー』となります。では、お楽しみください」
老夫婦が舞台から降りると同時に現れた劇団の座長が開幕を告げた。観覧席が静寂に包まれる。
舞台には二つの家のセットが置かれていた。
「ねえ、ピュラモス。どうして私たちは一緒になれないの?」
悲痛な叫びを上げるベアトリーチェ扮する若き乙女ティスペー。彼女は観覧席から見て左側の家の壁から右隣の家に住まう男に呼びかける。
「ティスペー。僕だって君と添い遂げたいさ。でも無理なんだ。君の父上も僕の父上も結婚を認めてはくれない!」
悲しみを帯びた声音で返したのはレオナルド扮する青年ピュラモス。同じ家屋に暮らす二人の男女は仕切られた壁に穴を開け、親の目を盗んでは愛を
近くて遠い、叶いそうで叶わぬ、熱情的な愛。
そんな状態に耐えられなくなった二人はやがて決意する。
駆け落ちをしてひっそりとどこかで暮らそうと。
「ピュラモス。私よ、ティスペーよ。どこにいるの?」
夜になり、ティスペーは森にやって来る。ピュラモスと約束した通りに彼女は待ち合わせ場所の森を訪れたのである。ただし、予定時間よりも少し早く。
「グウォーッ!」
「竜の吠える声?」
怯えるティスペーに竜――もちろん本物ではない――が大きく口を開けて近づいてくる。その口には赤く汚れ引き裂かれたピュラモスの白いマントが。
「ああ、ピュラモス。まさか食べられてしまったの? そんな、嘘よ!」
嘆くティスペー。そんな彼女に竜は喰らいつこうと近づく。
「ピュラモス。あなたがもう死んでいるのなら私に生きている意味なんてないわ。だったら、私もあなたのところに……」
全てに絶望したティスペー。彼女は護身用に持っていた短剣を自分の首元に突き刺そうとする。竜に食われる苦しみから逃れるために。
その時。
「おい待て。竜よ、愛しのティスペーから離れるんだ!」
ピュラモスが殺到と登場する。小道具の剣を持つ姿は騎士さながら。
「僕の愛するティスペーをやらせはしない。やあっ!」
大振りの一撃が猛き竜の首に命中。竜は力なく叫ぶと舞台から去っていく。そして、ピュラモスは膝をついたままのティスペーに手を差し伸べる。
「間に合って良かった。ティスペー」
「ピュラモス! 生きてたのね。でも、あのマントは?」
「あれは、喉が渇いて水を飲んでいた時に竜がやって来て……。口元が
「まあ!」
ここでベアトリーチェは迫真の演技を見せる。早まって自死を選ぶかもしれなかったと思うと、短剣を自分に突き付ける時に戸惑いを見せてよかったと胸を撫でおろしてみせる。
夫レオナルドの妹が早まった自死を選んだ時の心境を、自分の心に思い描きながら。
「でも、僕は勇気を出した。西に……君との待ち合わせ場所に獅子が走っていったのを見たら、怖さより愛する人を守りたいって気持ちが勝ったんだ。本当だよ。ティスペー」
一度は挫けかけた心を奮い立たせ、意中の人のために戦うピュラモス。そんな彼が退治された竜は、少し前に竜の兜を被り半島を蹂躙した傭兵隊長に重ね合わされているような……考えすぎであろうか。
「ピュラモス。私」
ティスペーが優しくピュラモスの腰に手を回す。そして、最後の
「あなたと添い遂げたい。世界のどこかに永住の地を求めて、ずっと、死が分かつまで」
終演と同時に観衆から割れんばかりの拍手が沸き起こる。
「最高だ!」
「お幸せに!」
困難を乗り越えた二人の男女に送られた声援。心から夫婦の幸せを送っているようであった。
「レオ。劇は終わったから、後はスタッフの紹介に――」
「いや、まだだよ」
「え?」
抱きついたまま自分を離さないでいる夫に困惑するベアトリーチェ。
「ロミオに手本を見せなきゃ」
「え? でもみんなが見」
抵抗する間もなく、ベアトリーチェは愛しの夫と唇を重ねさせられた。濃厚で、見ている方が恥ずかしくなるような、十五秒のキスを。
たくさんの視線が、舞台の上で愛を見せつける二人に注がれていた。
(ママ……パパ……)
その中に息子ロミオも含まれているのは言うまでもない。
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