エピローグ④

 会場の興奮が最高潮になる中、ロミオは赤面していた。


「ぼ、僕、あんなチュウできないよ」


 体をもじもじさせるロミオ。どうやら十歳の彼には両親のキスは刺激が強すぎたみたいである。


「そう? あたしはあんなキスがしたいなあ」


 そんな彼に熱い視線を送る少女が一人。彼女は劇の台本を手にしつつ、ロミオに色目を使っていた。


「ほ、本当?」


「ええ、あたし、大人のキスがしたいの。そう」


 少女はロミオの右手を掴むと、精一杯のセクシーさを強調した声で言った。


「ロミオ君みたいな甘いマスクの男の子と」


「え? ぼ、僕?」


「嫌なの? あたしと結婚するのが」


「そ、そうじゃなくて」


「じゃあ何よ。その曖昧な態度」


「それは、その……」


 口ごもってしまい明確に返事ができないでいるロミオと、それを苛立ち気味に見ている少女。そんな二人のところに一組のカップルが戻ってきた。ベアトリーチェ夫妻である。


「ロミオ。さあ、劇は終わったから一緒にフロレンスを見て回ろうか」


「お二人とも。名演技でしたよ」


 彼らと同時にジュリアーノ夫妻も現れた。二人ともにこやかな顔をして。


。お前の書いた脚本通りに――最後以外はしっかりと演技してくれた二人にお礼は言ったかい?」


 どうやら、ロミオの手を握って離さない少女はジュリアーノ夫妻の娘だったらしい。


「まだ言ってませんでした。お父様」


「それはいけないよ。ジュリエット。ほら、目の前に名役者がいるんだから早く言わないと」


 父に促されたジュリエットは、ロミオをどこにも行かせまいと手を組みながら、ベアトリーチェ夫妻に顔を向けて口を開いた。


「レオナルド様。ベアトリーチェ様。ありがとうございます」


「こちらこそ、悲劇の『ピュラモスとティスペー』をハッピーエンドにする脚本作りは見事だったよ。ね? ベア」


「そうね」


「ところで、あたし、お二人のアドリブを見て考えたことがあるんです」


「「?」」


「今日上演した劇のタイトルを『レオナルドとベアトリーチェ』に変えたいと思います」


 突然のタイトル変更宣言に、ベアトリーチェ夫妻はどう反応すればいいか分からなかった。


「あのラストシーンだから観衆は盛り上がったので。だから、タイトルにお二人の名前を付けさせてあげます」


「そ、そうかい。あ、ありがとう。ジュリエットさん」


 恩着せがましく言ったジュリエットに、レオナルドは気後れした。今は亡き自分の妹と同じ名だから、彼は年下の少女に何か抵抗できない何かを感じたのであろうか。


「あと、あたし決めました」


「決めた?」


 発言の意味が分からずにいるレオナルドを後目しりめに、ジュリエットはロミオの顔を自分の方に向けさせた。そして……。


「いつか、あたしがロミオ君と結婚してあつーいキスをする劇を創って、あたしたちの愛を世界中に知らしめてやります!」


 そう言うと、ジュリエットはロミオにキス――ベアトリーチェ夫妻が先ほど見せたのを真似た口づけをやってのけた。


 その後、不意のキスで気絶したロミオと、そんな息子を見たベアトリーチェが驚いたのは言うまでもない。


 ただ一人、将来の伴侶と永遠の契りを結んだと勝手に思い込んでいるジュリエットは、混乱する人々など意にも介さずこう宣言した。


「タイトルはもう決まってるわ。その名も『ロミオとジュリエット』うん、ばっちりね!」


 暴走気味な少女の創る新たな劇が、新たな「悲劇」にならないことを祈るばかりである。

                                   

                                   (完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レオナルドとベアトリーチェ 荒川馳夫 @arakawa_haseo111

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画