愚かな男による最期の告白
イザベラの無謀な突撃が戦闘開始の
川を背に布陣したサン・ペルジーノ防衛軍は、総大将ベアトリーチェが吹く角笛の音色を合図に一糸乱れぬ行進を開始。
一方で山と山の間にある
両軍の衝突はまずイザベラとベアトリーチェの中央陣から生じた。
「あんただけは許さないわ! この泥棒猫!」
「そんなこと、あなたに言われる筋合いはないわ!」
二人の女性による言葉の応酬と同時に、中央陣は土煙が飛び交う乱戦となった。響き合う金属音とともに横たわる人々の山ができあがっていく。
「ベア!」
時間差で敵と衝突したレオナルドは馬上から剣を振るいつつ、混戦で姿が見えなくなった愛しの女性を探し出そうと懸命になる。だが、ここで邪魔が入った。
「姉ちゃんの恋人、見つけた!」
「うっ!」
敵左翼の指揮官ニッコロの前のめりに繰り出した突きが、レオナルドの右脇腹付近を通過した。だがその一撃は板金鎧を貫通することはなく、
「うわっ。お、おいどうしたんだ?」
馬が突然暴れ出したかと思うと、なんとニッコロを振るい落としてしまった。前から落ちた彼は頭を地面にぶつけると動かなくなった。首を折って瞬時に絶命してしまったのである。
不運な形で死んだ彼を見下ろすこととなったレオナルドはだが、そんな公爵家の息子の亡骸からすぐに目を反らし、自分の仕事に戻った。
『誰かの死に動揺していては、次の瞬間には自分が死人になる』
出撃前に言われたチェーザレの言葉を今一度思い出しながら、若き侯爵家の子息は戦うことに専念した。
愛する人と生きて帰りたい、という願いを叶えるために。
◇
ニッコロが予期せぬ死を迎えたのとほぼ同じ頃。二人の傭兵隊長による死闘も展開されていた。
「随分とふぬけちまったなあ!」
「何がお前を変えちまった?」
「うるさい! お前に話すつもりなどない!」
「隠し事かいな。お前らしくねえな!」
「お前に分かるもんか! この鉄面皮が!」
「んだと! てめえ!」
交差する刃。矢継ぎ早に飛び交う言葉。ぶつけ合わされる想い。
多くの部下を率いる傭兵隊長同士の戦いは、剣が折れても続けられた。
「俺の妻を殺して平然としてるようなお前の気持ちなんざな、これっぽっちも分かんねえよ!」
チェーザレは戦場に落ちていた刃こぼれした剣を拾い上げると、その切先で兜の
それを受け止めきれずにゲラルドは地面に押し倒されてしまう。
「終わりだ!」
チェーザレは相手の喉目掛けて剣を降ろそうとした。その時。
「ようやく分かったのさ……」
悲痛な表情でゲラルドは語り始めた。
「愛する人に会えないで……死んじまう悲しさってやつを……あの嬢ちゃんの顔を見てたらなあ……俺が殺してきた奴らもみんな同じだったのかって……思えてきて」
ふと、ゲラルドの懐から何かが落ちてきた。その表紙には
「おい、チェーザレ……頼みがある」
「あんだよ」
「こいつを……日記を……この
「ああ、生きてるし戦場にいるぜ」
そんな二人のもとに駆け付ける騎士が一騎。白馬に跨り、獅子のサーコートを血に
「ほおれ、本人の登場だ。俺が渡すまでもねえ」
「チェーザレさん! 今そちらに」
「おい青年……これをお前に」
馬を降りて駆け寄るレオナルドに、日記を手渡すゲラルド。目からは光が失われ、死が近づいているのは見れば明らかであった。
「妹の手記だ……読んじまった」
「どうしてあなたがこれを?」
「この
吐血するゲラルドに「もう話さないで!」と告げるレオナルド。そんな彼の顔を見るとゲラルドは穏やかな顔をつくり、
「天国に行けるかは……分かんねえけどよ。もし、お前の妹に会えたんなら……『兄貴は元気に生きてる』って伝えてやる。他に何か……伝えることはあるか?」
レオナルドは答えた。
「『君を愛してる』と伝えてください。それと、妹を看取ってくださりありがとうございます」
最後の言葉は他ならぬゲラルドへの感謝の気持ち。確かに大勢の人に災いをもたらした彼ではあったが、そんな男にも人の心が一欠片でも残っていた。そう思いたい。
最期の瞬間、果たしてゲラルドは何を想ったのであろうか。
眼から溢れる涙は一体何を意味しているのか。
それは既に旅立った彼の魂に聞くことでしか分からない。
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