仁義なき舌戦
「はあ、まったく。退屈だわ!」
ゲラルドが占拠したラエミリアには、不満げなイザベラの姿もあった。
「そういいなさんなって」
「あっしらも退屈してんでさ。ほれ、一緒にサイコロ遊びでもいかがっすか?」
「嫌よ。そんな下賤の者がする遊びなんか。それに、どうせ私の金を巻き上げるのが目当てなんでしょ?」
「や、やだなあ。そ、んなわけある訳ないっすよ」
黒衣団の下っ端どもが賭け事に自分を誘っていることなど、イザベラにはお見通しであった。彼らの慌てた様子からもそれは明らかである。
ギロリ……。
イザベラが放った不信の眼つきが男どもを震え上がらせ、彼らを立ち去らせた。
(なんで私がこんな目に……くそっ!)
侯爵の屋敷にあるバルコニーの手すりを、イザベラは両手で叩く。
「どうして私が貞操まで奪われて、しかもあんなクソ男に付き合わされるのよ! ああもう。それもこれも全部あの女が悪いんだ!」
イザベラの心の叫びは尚も続く。
「でも、あの女はきっと死んだ。致命傷を与えてやったんだから! ああ、せいせいした。あいつがいたから、私はレオナルドと……レオナルドと……」
イザベラはベアトリーチェをボウガンで打ち抜いてみせたが、その心は晴れないまま。それどころか暗くなる一方であった。
何が「男みたいに勇ましく戦う」だ。
高貴な家柄の女は男のお飾りでしかないのに、無駄なことを。
所詮、あんたが持て囃されたのは単に物珍しいから。
誰もあんたを女性として見てるわけじゃない。
ほんと馬鹿みたい。
……でもどうしてだろう。あんたが少し羨ましく感じるのは。
あんたを殺しても、最愛のレオナルドは戻ってこなかった。どうして?
どうしてあなたは、あんな女が好みなの?
ねえ、聞こえていたら返事してよ、レオナルド?
どうして、私じゃダメなのよ? ねえ……。
「レオ兄様が恋しいのね」
独白を続けていたイザベラの背後からしたジュリアの声。
「は、何言ってんの? 私は――」
「それとも『私のレオナルド様が見えなくなって悲しいわあ』かしら。だったら安心よ。レオ兄様があたしを置いて死ぬはずがないもの」
黙りこくるイザベラ。心中を覗かれた気持ち悪さからか、口が固く結ばれていた。
「きっと西のフロレンスに
パチンッ! という乾いた一撃が、イザベラの右手からジュリアの
「いきなり何するのよ。この
「はあ? 何被害者面してんのよ。あんたも私と同類じゃない」
「そんなことないわ! あたしはずる賢い女狐なんかじゃ……」
「言い訳は無駄。あんただってさ、お兄様に近づく邪魔者を『お手製の毒』で傷つけてきたんでしょ? 証拠だって押さえてあるわ。地下室の日記帳を見させてもらったから」
イザベラが
「か、返せ!」
「やってみなさいよ。でも無理かあ。私よりずっと小さいおチビなあんたじゃ、一生懸命におててを伸ばしたって届きっこないわねえ」
自分を子ども扱いされたジュリアは顔を真っ赤にして大きく息を吐いた。そして、
「返せって言ってんだろ!」
「痛い!」
反撃とばかりにイザベラの左頬を思いきり引っ
「あたしはあんたみたいな、
ジュリアがそう言うと、イザベラも負けじと言い返す。
「仮初の愛? だったら、あんたのは禁断の愛じゃない! 『実の兄と体を重ねたい』なんて、よくも日記に書けたわね? なんなら、今ここで読んでさしあげましょうか? 階下にいる黒衣団のゴロツキどもを聴衆にして。さぞや拍手喝采……いえ、ドン引きじゃないから? うふふ、どうしちゃおっかなー」
イザベラの脅迫に慌てだすジュリア。秘め事を誰にも知られたくなかったから。
ジュリアは遂に折れた。
「……返して」
「なあに? 羽虫が
「お願いします。イザベラさん。あたしの日記を返してください」
「嫌よ。私に
そんなことしたくない。
ジュリアは拒絶したかった。
けれども、日記が読まれるのはもっと嫌であった。
ジュリアは言われた通りにするしかなかった。
「イザベラ様、お願いします。どうか……その日記を返してください」
「はい、どうぞ」
ジュリアの言葉を聞くとすぐ、イザベラは彼女の日記を投げつけてやった。それはジュリアの額に命中すると床にポトリと落ちる。急いで拾い上げるジュリア。イザベラはそんな彼女を見下ろしつつ、止めの一言を放った。
「仮初の愛だとしても実現してしまえばいい。でも、あんたの愛は絶対に実らない。レオナルドがそう告げたんでしょ? 兵士から聞いたわよ。市内が危機的状況なのに、あんたはお兄様に馬乗りになって、しかも
「やめて……」
「ほんと、あんたね。狂人よ。常軌を逸した狂人! 実の父を殺して、首都が荒廃するのを望むなんてこと、私だってやらないわよ!」
がっくりと膝を落とし動かないジュリアの横を、イザベラは堂々とした足取りで通り過ぎていった。
(レオ兄様……。ジュリアが間違ってました。謝らせて)
いつも持ち歩いている赤いアザミの花を取り出すと、ジュリアはいつも以上に強く握りしめた。
それでも彼女は握り続けた。花が原型をとどめない程に。
己の罪を痛みで実感させるために。
「なあ聞いたか」
そんな時であった。一階にいた黒衣団の兵士が、ジュリアから生きる希望を奪う一言を仲間に話したのは。
「侯爵の息子が戦死したって話。本当なのか?」
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