ジャン王への最後通牒

 ジャン王と貴族の対立は、ロレニアの先王カールに原因があった。


 西方から船団を組んで襲来したノマン人が建てた国。


 海賊王により統治され、法皇との連携によって二百年以上も繁栄し続けた半島南部の強国。


 それが本来のノマーニャ王国であった。


 海の民により建てられた経緯もあって、半島内でも一風変わった文化――華やかさよりも質実剛健を尊ぶ風潮。海産物を使った豊かな海鮮料理。多数の軍港を擁し、半島を迂回する船団を襲撃する気質――を有していた。


 さて、そんな海賊王の築いた国だがやはり血の気が多い人々に円滑な統治は困難であったようで、王の死後には息子たちによる後継者争いが頻発。それに貴族たちが加わることで争いは苛烈さを増していった。


 国土は荒廃し続ける一方、やがて法皇と手を組んだ派閥が勝利すると、今度はそこから法皇と緩やかな協調関係を築こうとする一派と、蜜月関係を築こうとする一派が形成されて内紛は激化。挙句に王家の男児を暗殺する事態まで起こる。


 だが、それもジャンの先代の王が没すると収束した。ノマン王家の男系子孫が途絶えたのである。そこに付け入ろうとロレニア王カールは、


『余の妻はノマン王家の出身であるから、息子のジャンを王位に立ててはどうか。聡明な子であるから、きっと貴国を良く治めてくれるだろう』


と書いた書簡を送って探りを入れた。やがてその申し出を断る旨の手紙が返ってくると、カールは法皇と秘密協定を結んだ。


『ロレニア王がノマーニャを征服した暁には、同国の法皇国と境を接する都市の割譲を約束する。法皇はノマーニャの貴族全員に破門を宣告してほしい』


 その後、法皇の破門宣告を受けて混乱に陥ったノマーニャを、カールが直々に船団を率いて王都ノマエを襲撃。統制を欠いたノマーニャ貴族たちは抗しきれずにあっさり降伏してしまった。


 こうして、ノマン王家による二百年の支配は終わりを告げ、ロレニア王家出身のジャンを君主に戴く体制がノマーニャに敷かれることとなった。


 無論、カールのやり方に反発をおぼえた貴族は多かった。ただし、それは愛国心から生じる祖国への憂いではなく、


「ジャン王のせいで領民から搾り取れなくなったではないか!」


という既得権益が奪われたことへの恨みからであった。この国の貴族たちもミディオラ公やエミリア侯とそう変わらず己の懐が潤えば「後は野となれ山となれ」と考えていたのである。


 そんな彼らの上に清廉潔白で、自制心が強く、理知的なジャンが立った。当然だが貴族たちは面白くない。さらに新たな王は即位して早々、領内の貴族たちに収奪をやめるよう促す勅令を出してきた。


 やはりロレニア人の王よりも、ノマン王家の遺児を玉座に据えた方がよい。


 このように意見が一致した貴族たちは、ジャン王に気付かれぬよう秘密裡に計画を練り上げていった。彼らは半島内に逃れていた先王の遺児を見つけ出して、彼を王位につけようと画策。


 調査の末、くだんの子孫がフロレンス領内で女性たちを魅了する名演技をしていたことが分かると、ノマーニャに向かうに指示。彼が着き次第、クーデターを起こすつもりであった。


 しかし、ノマーニャの貴族たちにとって計算外のことが二つあった。


 一つは、ノマン王家の遺児が彼らの予想を上回る大馬鹿者であったこと。


 男はフロレンスで女性を熱狂させるに飽き足らず、さらには法皇国に長期滞在することを選んだ。それも法皇の娘クラウディアに仕える吟遊詩人として。


 そう、貴族たちが探しもとめていたのは女たらしの下衆男オヴィーディオ。


 彼こそノマン王家の遺児にして、ジャン王を排除する大義名分であった。折よく法皇国も浮足立った状況下であり、法皇が介入する可能性が低い今ならば彼の到着も邪魔されまいと思っていたのだが……。オヴィーディオはクラウディアの腰巾着となってしまい、祖国のことなど念頭にはなかった。


 これだけでも計画を狂わせるには十分であったが、そこにもう一つの想定外の事態が重なることで計画は水泡に帰してしまった。


「陛下。法皇猊下げいかが首都を捨てて、身一つでこちらに向かってきているとのこと!」


 急使の報告を聞くとジャン王は悟った。


 法皇が国や民よりも己の身を案じて、我が身可愛さに亡命をしてきたのだと。


 そして、法皇国は間違いなく劫略ごうりゃくの憂き目に遭うと確信していた。考えられる中で最悪の予測。外れてほしいと願うジャン王。


 だが、続けてやってきた別の急使の報告が、王の希望をぶち壊す。


「ラティニが灰燼かいしんに帰しました。財宝は奪われ、男や老人は殺されて、女性や子どもたちは……神聖教の都は……竜の兜を被る黒衣団に占拠され……うう」


 さめざめと泣く急使の姿に、貴族たちは肝を冷やした。ここでやっと王の分析が当たっていたと思い知らされた。


 彼らの胸中にはより強い恐怖が座を占めた。


 ゲラルド率いる黒衣団はノマーニャまで攻めるかもしれない。


 法皇の座す国を何の呵責もなく破壊しつくした男に、我々はどうすればよい?


 我々は黒衣団に対抗できるのか?


「陛下!」


 とそこにまたもや別の急使が。彼は「何か」を包んだ包みをたずさえてやってきた。


「これを陛下に、と」


「誰からだ?」


「ゲラルドからでございます」


 張り詰めた空気が会議場をヴェールのように覆う。ジャン王は恐る恐る包みの中身を確認する。


 中身は人の頭部らしきもの……ではなくそのものであった。


「誰なのかは分からないが、私の手で手厚く埋葬しよう」


「どういうことですか。陛下」


「見ない方がよい。気分を悪くしないためにもね」


 ジャン王が会議を閉じた。従者たちも去らせて一人になった王は包みの奥に入れられた一通の手紙を見つけ、それを手に取ると黙読する。


『ノマーニャ王ジャンにあてて


 貴国の領主たちが神輿みこしとして担ぎあげようとしたオヴィーディオという男は、私が処分しておきました。


 彼は私の指示通りに動いてくれました。


 フロレンスで役者を殺して代理の役者として潜りこみ、共和国内の情報を教えてくれたうえ、法皇国ではクラウディア様に取り入り、法皇が立てこもるであろう至天城の防備を手薄にするよう根回しをしてくれました。おかげで、私はさしたる損害もなしに都市を制圧できました。


 なんと素晴らしい道化だったか! 


 彼には王としての才覚など毛ほどもなかったのでしょう。いや、陛下に仕える貴族たちにとっては彼の方が王として相応しいのでしょうが。


 法皇は取り逃がしましたが、猊下の御息女クラウディアは私の手元にあります。


 おそらく、猊下は陛下に保護を申し出ることでしょう。


 そこで、こちらから提案があります。


 フェデリコ陛下の戴冠を行うため、法皇の身柄をラティニに送って頂きたい。


 もし拒んだ場合、我らが世界の支配者フェデリコ陛下が自ら大軍を率いて貴国に攻め入ることとなりましょう。


 どうか熟慮を重ねて、懸命なご決断を。


                         ゲラルド・ネルロより』

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