ノマーニャ王ジャンと家臣団の暗闘

 場所は代わり、法皇国と南にあるノマーニャ王国の王宮。


「という訳でございます。ジャン陛下」


 集められた情報の報告を受け、ジャン王が王座の肘掛けを軽く叩く。眉をピクリとも動かさずに。


(兄上は何も考えていないのだろうな)


 弱冠十六歳の彼は、天性の政治的感覚で半島に迫る危機感に気付いていた。


 グロウディッツ皇帝は冠を求め、ロレニアは半島の完全支配を目論んだ。


 そんな両勢力の思惑を上手く利用し、半島内に自らの地盤を築こうと目論むゲラルド。


 法皇国はフロレンスの政権転覆を試みるも失敗して支持を失いつつある。


 このまま争い続けば、どの勢力にも益はない。


 いたずらに民を疲弊させるばかりで、真の平和など夢物語でしかない。


「陛下。我がノマーニャは如何いかがいたしましょう? ロレニアからの要請について」


 貴族の一人が尋ねた。ロレニアとの連携を承諾するか否かを。それは言い換えれば、帝国の動きにどう対処すべきか問われることを意味していた。


 ロレニアと協力すれば帝国とは対立する。その場合、フェデリコ帝は本格的な侵攻を実行する可能性が考えられる。


 強力を拒んだ場合はロレニアと敵対する可能性がある。兄は政治的には無能でもいらぬ野心を燃やす男であることをジャンは知っていたから、彼の諸侯の口車に乗せられてノマーニャを――考えたくはないが黒衣団を雇用しての侵攻だって考えないとも限らない。


 もしゲラルドが兄王から雇用を打診されたとして、彼はどう動くか。それは容易に想像できた。


 ゲラルドにとっては半島がどうなろうとも関係ない。民がどんなに苦しもうとも、鉄の心臓を持つ傭兵隊長には響かないであろう。


 ならばゲラルドを止めるのが最優先。それがジャン王の結論であった。

 

「聞いてくれ。私はフェデリコ帝の戴冠を認めるよう法皇に打診した方がよいと思っている」


 会議の場がざわめく。


「陛下、よろしいでしょうか」


「かまわないよ」


 貴族の一人が、居並ぶ家臣団の列から一歩進み出て王に具申する。


「我々としましては、ロレニアとの連携を模索するのが賢明かと存じます」


「理由は?」


「おい、地図を」


 その貴族は傍に控える従者に身振りで合図をし、前もって用意していたであろう半島の地図を持ってこさせた。


「陛下、ご覧ください。法皇国の勢力を。我が国に匹敵する領土と都市を支配しておられるのがお分かりでしょう?」


「見れば分かる。ここに王として即位する前、父上から半島内のパワーバランスについて、耳にタコができるくらいには教わったからね」


「なら、分かりきっているではありませんか。我々がロレニアと手を組む方が得策だということが」


 ジャン王は分からぬ素振りをしつつ「続けてくれ」と言った。


「いいですか、陛下。半島において法皇国は最強の軍事力を有しているのですよ? 民からかき集めた税、巡礼で集まるお布施、それに領内を治める領主からの袖の下が首都ラティニに座する法皇猊下げいかの懐に納まっているのです。つまり――」


「金の力で傭兵をかき集めて、帝国の攻撃を跳ねのけられると?」


「その通りでございます、陛下。誠に聡明な先代ロレニア王カールの、最も優秀な御子息であらせられるジャン陛下なら、わたくしめが申すまでもなく――」


「長い。お世辞はいいから結論だけ述べてくれないか」


 外交合戦では少しの遅れが致命傷になりかねない。そんな中で自分へのお追従に精を出すこの家臣に、ジャンは苛立った。

 

「し、失礼しました。我々としましては、ロレニアとだけではなく法皇猊下げいかとも連携したうえで皇帝の軍を迎え撃つのが上策かと。三国の連合軍相手なら、いかな皇帝であろうとも侵攻を諦めることは間違いないでしょうから」


「黒衣団の傭兵隊長は?」


「はい?」


「仮にフェデリコ帝が戴冠を諦めて、半島内から手を引くとしよう。その場合、黒衣団との契約は打ち切られるだろう」


「ええ。そうなるのが自然でございましょう」


「黒衣団にはどう対処するつもりだ? 今はまだ皇帝の配下として戦っている彼らが雇用主を失ったとしたら」


「……ならず者の集まりですから、手当たり次第に集落や都市を襲って治安を乱しましょうな」


「なら分かるはずだ。奴らを野放しにした方がマズいと」


「ですが、陛下。奴らとて法皇国を陥れることはできぬゆえ、その略奪は半島北部に限られたものとなりましょう。我が国に害は及ばぬでしょうし――」


「我が国が安泰であれば後はどうでもよい、などと考えるな!」


 王の一喝が室内にとどろく。


「ゲラルドが半島内で地盤を固めたらどうする? ルッチアの領主チェーザレのように傭兵から一国の指導者に成り上がった例がある以上、ゲラルドが領主にならないとは断言できないのだぞ」


「しかし、陛下。それは悪い方に考えすぎでは」


「いや、政治とは最悪の状況を想定したうえで行うべきなのだ。『そんなことが起ころうはずがない』などという楽観的な観測は捨てろ!」


 やり込められた貴族がすごすごと後ずさった。残りの者たちもジャンに意見できなくなる。王はどうしても皇帝の戴冠を法皇に認めさせたい一心である、と見抜いたから。彼らは、ジャン王が一度決意したら中々自説を曲げないことを、たった一年の統治で思い知っていた。


(一筋縄ではいかないか……。だが、この男の命運ももうすぐ尽きる。それまでの辛抱だ) 


 民から「荘厳王」と慕われる外国人の王など気にくわない。


 排除せねば。民も本当はノマーニャ人の王を望んでいるはず。


 実は貴族たちは裏で団結していた。ジャン王を追放し、ノマーニャ出身の王を擁立するために。

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