因縁と運命

 チェーザレは己の決断を悔やんでいた。


「たくっ、勝手なお嬢様だぜ! まるで――」


 一瞬言葉を詰まらせたチェーザレ。彼の脳裏をよぎったのは二人の女性であった。


 一人は、ラティニカ半島で伝説となっているマチルダ女王。


 もう一人は、その女王に憧れて武具を纏い共に戦場を駆けた妻のルクレチア。戦場で死に別れたいとしの女性であった。


(あいつも同じ目には……遭わせたくねえ!)


 勇敢で、無鉄砲で、でも一途で、周りから愛される。


 そんなベアトリーチェに、チェーザレは亡き妻を重ね合わせたらしい。


「お前さんに死なれちゃ、ジュリアーノの野郎に大目玉食らっちまうんだよ!」


と誤魔化しつつ公爵夫人の後を追うのであった。



 ゲラルドはチェーザレ率いる援軍を悠々と待ち受けていた。


「久しぶりだな。チェーザレさんよ」


 しかも、己の策を容易く見破ったのが因縁の相手となれば、チェーザレの憤りは尚更燃え上がろうというもの。そう、二人は初対面ではなかった。


「いいご身分だな。元傭兵隊長。今は土地持ちの領主様と聞いたぜ。 随分と出世したもんで」


「黙れ、ゲラルド。お前の言葉など聞きたくはない!」


「今の立場が分かってて言ってんのか? お前」


 ゲラルドは馬上から槍を振り上げて、馬から転げ落ちたチェーザレに矛先を刺さんと構えている。騎馬戦でチェーザレは敗れ、今や彼の生殺与奪はゲラルドが握っていた。


「民のために働くうちに弱くなっちまったのか。昔は俺と張り合えるぐらいには強かったはずだ。それが今じゃ十合も打ち合えないなんて、何がお前を弱くしちまったのか」


「黙れ! 俺は弱くなっちゃいねえ!」


「いや、弱くなった。奥さんが死んだからだろ? そう、俺が殺したルク――」


「貴様ぁ!」


 チェーザレは馬上のゲラルドを引きずり下ろすと、そのまま彼と取っ組み合いを開始。武器を振るい落とされたゲラルドは素手で応戦し、チェーザレを相手に殴り合いを演じる。


 両者の心にあるのは、己が信じる正義。


 弱き者のために命を張る覚悟で戦場を駆け、今は領民の安寧を目標として生き続けるチェーザレ。


 根無し草で安住の地など無く、この世を支配する暴力に身を浸し、金を得るためならば人命などゴミ同然と信じてきたゲラルド。


「世の中、金なのさ! 全てが金でどうとでもなる」


「ふざけるな!」


 チェーザレがゲラルドに馬乗りとなって、彼の顔面を殴打する。


「お前が言えた……義理じゃないだろ? 同じ穴のむじなが! 戦争がなけりゃ俺たちに……居場所なんてなかった。明日を生きるかてさえ……事欠く有様だったのを忘れちまったのか?」


 ゲラルドの言葉に動揺するチェーザレ。それを見逃さず、今度はゲラルドがチェーザレに馬乗りとなり、お返しとばかりに彼の顔に痛撃を与えていく。


「俺が黒衣団を立ち上げてなきゃ、今頃お前さんは死んでたかもしれないんだぞ。俺に感謝するのが筋ってもんじゃないのか!」


「それとこれとは……話が違う! 俺はおめえのやり方が……気に入らなくて『白衣団』を立ち上げたんだ。正義の傭兵団をな!」


「傭兵に正義もクソもない! 俺たちは社会の最底辺。クズなんだよ!」


 ゲラルドの一撃がチェーザレの脳天を直撃する。


 呼吸が整わないままのゲラルドが、伸びたままのチェーザレに刃を向ける。


「終わりだ」


 腰帯から抜いた短剣で止めを刺そうとした。その時。


「やらせない!」


 戦場には似つかわしくない猛々しい女性の声。それに続いて、馬上から振るわれる一閃。


「おおっと」


 それを難なくかわすと、ゲラルドは敵が馬に旋回を命じている隙を突いて落ちていた槍を投擲とうてきする。腹を刺された馬は暴れ狂い、主を落としてしまう。


「男同士の戦いに水を差すとは無粋な奴だな。誰だお前?」


 胸の部分が膨らんだ形の胸当てを装着した騎士は、意気揚々と名乗りを挙げた。


「ベアトリーチェ・ド・ロレニアよ。チェーザレさんをやらせはしません。私と勝負しなさい!」


 ベアトリーチェ? これはこれは……。


 ゲラルドは予期せぬ形で待望の女性が登場したことを心中で喜ぶのだった。

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