そんな策じゃ俺は騙せない
中央広場のそこかしこでサーベルが火花を散らし、男たちの唸りが轟いた。
「押しつぶせ!」
と黒マントの集団が怒涛の勢いで攻めかかれば、
「押し返すんだ!」
と青マントを身にまとう青年を筆頭に市内の兵士が待ち受ける。彼らは形勢逆転の希望を胸に、侯爵の息子レオナルドを旗頭として必死の抵抗を続けていた。
「レオナルド様。あなたはお逃げください!」
首都を守り抜こうとする兵の中には、侯爵の子息にどこかへ落ち延びるよう促す者もいた。しかし、
「できない。君たちを捨てて自分だけ逃げるなんて」
レオナルドの決意は固く、彼の目には決して消えることのない闘争心が燃え
「「「レオナルド様のために!」」」
侯爵ジョバンニの死は隅々まで伝わっていたにも関わらず、彼らはその子息が見せる雄々しさに鼓舞されて敢然と突撃する。
「背中を見せたぞ。追え。チャンスだ」
「駄目だ。追っちゃいけない!」
敵が敗走に転じたと思い、勢い立つ兵士たちをレオナルドが制止する。父から兵法を教わっていた彼は、敵の鮮やかな退却を何らかの罠ではないかと疑い味方に追撃を中止させた。
「レオナルド様。あれを!」
兵の一人が西側を指し示した。レオナルドもそちらに目を移す。山の峰々に無数の明かりが認められた。しかも、その明かりはこちら側にやってくるではないか。
「父さんが言ってた援軍の光?」
兵士たちは奮い立った。これで敵を撃退できると思えたから。しかし、レオナルドは明かりの動き方を観察しているうちに、ある違和感を抱いた。
(軽く千を超える数の松明を灯しての行軍なんか、敵に「見つけてください」って伝えてるようなものだ。奇襲だったらそんなことはしない。だったら、あの光の行列には何の意味が……)
しかし、体力の限界を迎えていたレオナルドにとって、市内の敵を惹きつけた援軍の光はまさに
城門が閉じられるとレオナルドたちは大きく息を吐き、全身に浴びた血を拭うのであった。
◇
市内の戦闘が一段落した頃。
ゲラルドの姿は城壁の外にあった。
「敵の援軍が西から!」
報告を受けた彼はひとまず市内での戦闘を止めさせ、部下を率いて城門を抜けた。そして、西の山脈を見やりながら援軍の規模を確認する。
「団長。あの松明の数じゃ、こちらを上回る数の敵が山にうようよしてますぜ。どうしやすか?」
浮足立つ黒マントの集団。彼らは恐れていた。このまま手を打たないでいると東西から挟み撃ちに遭いかねないと。もしや、侯爵は初めからこれを狙っていたのではないかと思う者もあった。
「ふっふっふ……」
「団長?」
「はーっはっは!」
ゲラルドは突如として高笑いする。焦りはまったく感じられない。全てがお見通しだとでも言いたげである。
「おかしくなったんですかい? 団長」
「いや、俺はまともだよ」
「じゃ、どうして急に笑い出すんで?」
「考えてもみろ。夜は周囲が見渡せない」
「ええ」
「もしお前が敵の指揮官なら、どうやって敵に近づく?」
「そりゃ、見つからないようにこっそりと」
「だろ? わざわざ『俺たちは今ここにいます』ってこれ見よがしに火を灯して、行進する軍隊なんていやしない」
「いやまあ、そうですが……。じゃあ、あの山から見える
まだ分からないのかと言わんばかりに、ゲラルドが答えた。
「こちらに大軍が迫ってきていると思わせ、浮足立ったところを叩くための
余裕の表情を崩さないゲラルド。二十年も戦場に身を置く彼には兵法に関する知識が蓄えられている。だから、敵を欺き戦局を有利に運ぶ術も心得ているし、その対処法も心得ていた。
「松明の動きをよく見ろ。時折、円を描くように動いてるのが分かるか?」
「ええ。見えますな」
「あれはな、牛の角に松明を括りつけて、数列に並べて行進させてるんだ。炎が円を描く軌道はおそらく牛が首を振ったものだろうさ。でも遠目には大軍が向かってきているように見えるだろ?」
「……マジっすか」
「だから、迎え撃つべきは」
ゲラルドの目に、南門側に配置した部下が慌てて走ってくるのが見えた。
「団長! 大変で――」
「すぐに向かう。おい、お前たち! 出番だぞ」
慌てた様子の部下を置いてけぼりにして、ゲラルドは身近に置いていた精鋭千人に号令した。自分に続くようにと。
「さあ、俺につまらぬ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます