見ているだけなんてできない

 チェーザレは一つずつ語り出した。


 まずは彼に直接関係することについて。


「俺が治めてるルッチア領内に皇帝の犬どもが野営してやがったんだ。まあ、上手くいなしといてやっといたぜ。ジュリアーノさんや、またあんたに借りをつくってやったんだ。感謝しろよ」


 チェーザレは、フロレンスから北西にある都市ルッチアの小領主として君臨している。そんな彼の領地に夕刻、不審な集団が侵入しているとの報告が入った。すると、


『なら、策を打つか』


と言うとすぐに配下の傭兵たち――チェーザレは領主でかつ傭兵隊長という異例の肩書を持つ男であった――を引き連れて正体不明の勢力に悟られぬように移動。夜半に彼らは集団がたむろする野営地から見て東にある山脈の尾根に到着。そして、を実行した。


「そしたらよお、敵さん慌てふためいて野営地畳んで逃げやがってさ。はっは、痛快だったぜ! 松明たいまつがグラグラと揺れ動いていたから相当に焦っただろうよ。『あんなところからたくさんの兵がやってくる!』って本気で思ったんだろうなあ」


 自慢げに語るチェーザレ。そんな彼にベアトリーチェが尋ねる。


「あの、チェーザレ様が採った作戦とは一体?」


「秘密だ」


 チェーザレはきっぱりと彼女の質問をシャットアウト。


「戦術や作戦をそう簡単に話せるもんかいな。特にお嬢さん、あんたみたいな戦いの『た』の字も知らねえような人にはね」


「……」


「腹立てたかい? けど事実だろ? あんたは全身に血を浴びる程に戦った試しがあるのかいな」


「……いいえ、ありません」


「やっぱりな。じゃ、教える意味なんざねえ」


「チェーザレ殿。そのような物言いは」


「なんだい、ジュリアーノさん。このお嬢さんの肩を持つのか? ああん?」


 割り込んできたジュリアーノに、チェーザレは露骨な不快感を示した。そして、彼にベアトリーチェを擁護する訳を問いただした。


「少し前の革命騒ぎの時、。おかげで市内の騒乱は収まりましたし、私もこうしてここにいるのです。


 彼女が動いてくれなければ今頃フロレンスどころか、多くの都市や農村も法皇のものになっていたかもしれない……。


 チェーザレ殿。はっきり申し上げておきますが、ベアトリーチェさんは少なくともそこいらの貴族の女性とは違いますよ」


 チェーザレは「ほお」と呟くと、少しはベアトリーチェを見直すような素振りをした。だが、すぐさま恩着せがましくジュリアーノに告げる。


「ジュリアーノさん。そいつは分かったけどよ、俺が動いたおかげでフロレンスに北からの集団が入ってこれないようにしたってことは忘れてやいねえかい?」


 チェーザレが言いたいことはこうである。


 彼の治めるルッチアの国境北端を起点として、半島沿岸を縦断する石造りの街道――「アッリア街道」と名付けられた舗装道路が伸びている。それは途中でフロレンス共和国領を通り、終点である法皇国の首都までほぼ直線で開通している。


 その街道の入り口付近でチェーザレが敵の街道を利用した進軍を食い止めた。これは彼が間接的にフロレンスを救ったことを意味する。


 半島北部から遠回りせずにフロレンスに至るにはどうしてもこの街道を通らねばならない――アッリア街道の東側には半島東岸にまで伸びる山脈がそびえているため、その入り口にあたるルッチア領主チェーザレの果たした役割は極めて大であった。


「忘れてはいませんよ、チェーザレ殿。それで見返りはなんですか?」


「おう、そうこなくっちゃな。じゃあ……と言いたいとこだが、それは残り二つの情報を話してからでも遅かねえだろ」


 そう言ってチェーザレは話を続ける。次に語られた事実はベアトリーチェを驚愕させるものであった。


 ミディオラ公爵オッタヴィアーノ、敵との戦闘で捕虜となる。


 公国の統治権に関しては交渉次第とのこと。


 公爵令嬢イザベラも捕らわれたとのことだが、情報が錯綜さくほうしており詳細は不明。


 それが耳に入った瞬間、ベアトリーチェは懊悩おうのうした。自分の夫やその娘に多少の憐みを感じたこともそうだが、公国領民の行く末についての尽きぬ心配が彼女の心を苦しめた。


「なあ、お嬢さん。あんたに関係のある話だったろ」


「そうですね」


「あんたの旦那が苦しい思いをしてるかもしれねえが、今の俺には何もできやしねえ。もう一つの話があるからよ」


 ベアトリーチェの心を奥深くまで見ようとはせずに、チェーザレは最後の話に移る。


「エミリア侯国から救援要請があってな。『援軍を乞う。首都が包囲されている』ってさ。で、同じの支配者として俺は軍を出すつもりなんだが……。ジュリアーノさん。兵をちょいとばかり工面してくれねえかい」


「突然ですね。ですが、チェーザレ殿。我がであることをお忘れでは? 皇帝派に属するあなたに軍を提供するのは――」


「ジュリアーノさん。十年前のことを忘れたのか? 法皇はあんたの兄貴を殺して、挙句にフロレンスに宣戦布告までした。そいで、ちょっと前には法皇が関わってる可能性大の革命騒ぎがあったんだろ? こんなときに派閥なんざ関係ねえだろうよ」


「それは……」


「とりあえず、俺には街道を守った功績がある。こっちの要求を呑んでもらうぜ」


「……分かりました。各ギルドに兵の提供を通達しますので、もう少しお待ちを」


「すみません。少しよろしいですか」


 男二人の交渉が成立した直後、それまで大人しくしていたベアトリーチェが口を開く。目は真っすぐにチェーザレを見つめながら。


「なんだい。お嬢さん、やぶから棒に」


 ベアトリーチェはチェーザレに頭を下げて言った。


「私をエミリアへと向かう軍に加えさせてください!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る