第六章 エミリア侯国、黒マントに包囲される

隻眼の偉丈夫チェーザレ

 隻眼の男はズカズカと上がりこんできた。


 彼はそのままの勢いで団らんの席に腰を落ち着かせるかと思われたが、


「おっと、チビちゃん。おじちゃんな、ジュリアーノおじちゃんと大事な話をしなきゃならねえんだ。お家に帰ってくんないかな?」


と言って子どもたちに帰るよう仕向けた。


「やあだ! もう食べちゃったけど、まだお話ししたいもん」


 子どもたちはまだ食卓にいたいと反論。すると、隻眼男はこう語りかけた。


「そりゃ困ったなあ。これからジュリアーノおじちゃんに、北の国にまつわる怖ーい話で盛り上がろうと思ってたのに! チビちゃんたちがそういうなら仕方ねえ。一緒に怖い話を聞いてもらおうか。夜、便所に行けなくなっても知らねえぞぉ」


 途端に子供どもたちは騒ぎ出した。無理もない。四~六歳の幼児にとって怪談話と聞かされれば、脳裏に浮かぶのはお化けや幽霊。怖くてたまらなくなるのは当然である。


「うう……。ジュリアーノおじちゃん、ベアトリーチェお姉ちゃん。バイバイ!」


 三人の子どもたちは名残なごり惜しそうにしながら、親に手を繋がれて邸宅を去っていった。


「よっこらせっと」


 隻眼男は先ほどまで子どもが占めていた席の一つに腰かけた。とここでようやくベアトリーチェを視界に収めたらしく、


「ジュリアーノ。とうとうお前さん、愛人を自宅に招くようになっちまったのかいな?」


と失礼極まりない質問を、対面の席に座る邸宅の主にしていた。それを横で聞いていたベアトリーチェが黙っていられるはずがなかった。


「あのですね……私は」


「この方はミディオラ公爵夫人のベアトリーチェ様です。色々と事情がありまして、私たちで預かることになったのです。ところでチェーザレ様。先ほどの言葉はいくらなんでも失礼過ぎませんか?」


 ベアトリーチェが何か言う前に、見送りを終えたエヴァが男をたしなめた。彼女が口に出したように、訪問者の男は名をチェーザレという。


 彼は長めの黒髪をセンターで分け、肌色はロレニアや半島人とは違い若干黒みが強かった。優男の印象を与える柔和な顔立ちをしているが、首から下は逞しい肉体を備えており、言わば頼りがいのあるワイルド系イケメンといったところ。身長もジュリアーノより頭一つ高く百八十cm近くあり、傍に立たれるだけで並みの男なら恐怖で竦みあがることは間違いない。


 そして右目に装着されている眼帯は、チェーザレを何よりも特徴付ける一品であった。


「だっは! そうでしたか。そいつは失礼。エヴァ様、さっきの言葉を間に受けないでくださいな。冗談ですよ、冗談」


「はいはい、よく承知しております。チェーザレ様。ところで、私にではなくベアトリーチェ様に何か言うことはありませんか?」


 エヴァはそれ以上チェーザレに語らせようとはしなかった。チェーザレという男は明け透けに話す癖があり、これ以上彼に語らせ続けると隣にいるベアトリーチェの気分を害すると判断したためである。現に、ベアトリーチェは自分への謝罪がまだなされないことを不満に思ったようで、


「ええ、そうですね。エヴァ様。私は今も気分が悪いままです」


と言って、チェーザレを見つめた。


「ああ、すまなかった。ベアトリーチェさん。よくよく考えてみたら、あなたとジュリアーノさんじゃまるで釣り合わねえよなあって、今になって思ってたところよ」


 チェーザレはそう言うとカカと笑った。これには普段温厚で表立って腹を立てることのないベアトリーチェも怒り心頭に発して、危うく喧嘩が起きそうな雰囲気になる。だが、それをジュリアーノが宥める。


 彼は首を横に振りながら、


「彼はそういう男なのだ。許してやってくれないか」


と溜め息まじりに説得。こうなっては、ベアトリーチェもほこを収めて席に座るしかなくなかった。


「チェーザレ殿。緊急の用事を伝えに来たのでしょう。それを早くお話ください」


「おい、そう固いこと言いなさんな。ジュリアーノさんや。ワインを一口飲ませてから話させてくれや」


 それが分かっていたかのように、彼の手元にワインが並々と注がれたカップが置かれる。エヴァの動きは早かった。


 チェーザレはワインを一気飲みすると「ぷはあ!」と言ってから本題に入る。


「さ、こっからは真面目な話といきますか。話は三つ。そのどいつも悪いものばかり。あ、あとな。ベアトリーチェさん」


「なんでしょうか」


「お前さんに関係する話もあるんだよ。聞いてもらえるかい?」


 チェーザレにそう言われて、食後は子どもたちの勉強会に向けて準備しようと考えていたベアトリーチェは、やむなくそれをキャンセルするしかなかった。

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