傭兵隊長と貴婦人の語らい
契約を交わしたゲラルドが立ち去ろうとする。彼の行動基準はあくまでも金で、それ以外には目もくれない。
たとえ装飾品に身を包む貴婦人でさえも。
(綺麗なネックレス、腕輪、イヤリング。売ったらいくらになることやら)
宮廷の中庭に設えられた花畑で貴婦人たちが花を摘むのを、ゲラルドは廊下でチラリと見やる。そんな時でも彼が考えるのは装飾品の値段だけである。
「ゲラルド様ですか?」
廊下ですれ違った一人の貴婦人に、ゲラルドは声をかけられた。上ずっていてどこか興奮気味な声をであった。
「ああ、俺がゲラルドだ」
彼はそっけなく返事する。それが貴婦人の心を揺さぶったらしい。
「なんて
貴婦人は大音声で庭にいる女性たちに「ゲラルド様よ!」と伝える。途端に彼女たちは花を投げ捨て、傭兵隊長の周りに輪を作った。
「いや、俺には会いたいお方が」
「なんて素敵なお顔!」
「うちの旦那とは大違いよ!」
「まったくだわ。同じ年上の旦那でも、ゲラルド様の方がずっと男前ね!」
十代の若い貴婦人たちは勝手に盛り上がり、話に華を……ではなく、自分の旦那の悪口を言いあった。ハゲだとかデブだとか、
ゲラルドは三八歳で老年に差し掛かる年頃ではあったが、二十年にも及ぶ傭兵生活によって筋骨隆々の肉体をしている。伸びっぱなしの髪が荒っぽさを演出し、陽に焼けた浅黒い肌が不健康そうな貴族の男たちよりも勇ましく見せている。口の荒さも上っ面の上品さを重視する貴族とは違って異性をワクワクさせる。
素行の悪い不良に女性が
「失礼。俺は陛下の末娘に用事があってね」
「コンスタンツァ様ですか?」
「そうだ。どこにいるか知ってるか?」
一人の貴婦人が答えた。
「宮廷内にある書庫で本を読んでいるかと。でも、あの人には近づかない方がよろしいですわ」
「ほお。それはどうして?」
刺々しい貴婦人の言葉に、ゲラルドは興味ありげな態度で聞いてみた。
「コンスタンツァ様は、少し前に吟遊詩人にあるお歌を所望したことがありまして。それが陛下の逆鱗に触れて、今は軟禁されています。陛下はご機嫌を損ねると元通りになるまで時間がかかるお方で、コンスタンツァ様を事あるごとに
なるほど。だから、末娘を自分の人質として差し出すと言ったわけか。
ゲラルドは内心でそう思いつつ、さらに尋ねる。
「ところで、コンスタンツァ様が所望した『あるお歌』とはなんです? 父上を侮辱するようなお歌を頼んだのかな?」
「『自由の女神にして女王であらせられたマチルダの一生』ですわ」
何度か耳にした名前だ、とゲラルドは思った。ラティニカ半島北部での仕事中に聞いたような。
「マチルダ様のお歌の何が陛下の逆鱗に触れたのかな?」
「全部です。なにせ、マチルダ様は帝国の貴族を夫に持ちながら、夫の死後、帝国に反旗を翻したお人ですから」
「そうそう。皇帝陛下に剣を向けて『わらわは男には服従せぬ』とか言って、住民を戦争に動員したんだもの。そりゃ、その時の皇帝の子孫であらせられる現陛下は聞きたくないに決まっています」
表面上はコンスタンツァの行いを非難しているように見える貴婦人たち。だが、その実は彼女に共感しているみたいである。男の飾り物としてではなく一人の女性として生きたマチルダは、グロウディッツの貴婦人にとっても憧れの存在でもあったのであろう。
ゲラルドは貴婦人との話を打ち切り、輪をかき分けて書庫へと歩いていった。その所作がまた貴婦人たちにはかっこよく映ったらしく、去り際の彼の背中には黄色い声が浴びらせられた。
「あ、そう言えば」
去り際に貴婦人が仲間に発した一言は、その後もゲラルドの耳の奥深くまで残ることとなる。
「ラティニカには女騎士がいるらしいわよ。マチルダ女王の真似事をしてる確か……ベアトリスって名前だったかしら?」
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