薬を盛られても好きな人は……
イザベラは寝室に急いだ。レオナルドの愛を得るために。ジュリアから貰った媚薬を手に、公爵令嬢は足取りも軽く階段を上がっていく。
(これで愛してもらえる)
愛の皮算用をしつつ、イザベラは寝室の扉をゆっくりを開けた。
「イザベラ。ど、ゴホッ……どうしたんだい? こんな時間に」
レオナルドは咳こんでいて、いささか苦し気な様子であった。風邪を引いたのであろうか。イザベラはそう思ったが、そこはベアトリーチェに悪どい態度を見せた彼女のこと。意中の相手が苦しむ様さえも利用することは忘れない。
「レオナルド。あなたには罰が当たったのよ」
「な、なんだって?」
「バルコニーでベアトリーチェと語らっていたでしょう? 私という婚約相手がいながら別の女と仲睦まじくするなんて、神がお怒りになって当然よ。『婚約した相手には永遠の愛を誓いなさい』と神は説かれているのに、あなたときたら舞踏会であの女の肩を持つんですもの」
イザベラが神聖教の教えを引き合いに出してレオナルドを責め立てる。
確かにそういった教えはあるが、それに従うと世の男のほとんどが教えに背いていることを、イザベラは無視していた。そもそも彼女の父オッタヴィアーノからしてベアトリーチェをぞんざいに扱っているし、レオナルドの父も不義の愛を育んでいるのだから。
しかし、体調が優れなかったレオナルドは弱気になっていて、イザベラの言葉を真に受けてしまう。
「かも、ゴホッ……しれないね」
「ほら、もう結婚まで一週間なんだから当日までに治さないと。これを飲んで」
そう言ってから、イザベラはジュリアから渡された
「お医者様から教えてくれた方法で風邪薬を作ってみたの。私も喉の調子が悪い時にはよく作ってもらってるから安心して飲んで」
嘘を交えながら
まもなく、レオナルドの体は熱くなっていく。
視界が歪み、頭がとろけるような感覚を覚えた彼は、腰を下ろしていたベッドにぐったりを横たわる。
「おかしいな。ぼうっとする」
「それは薬が効いてる証拠よ。さあ、横になって。最初は苦しいかもしれないけど、少しずつ良くなるわ」
母が体調不良の我が子を看病するように、イザベラはレオナルドから片時も離れないと決意していた。媚薬が全身を巡れば彼は私を求めてやまなくなる。そうなればこっちのもの。後は一晩中愛し合うだけ。
ベッドの上で激しく舞ったら、後は子を成し、母となって幸せな一生が待っている。そう信じてやまなかったイザベラ。
だが、彼女の野望はレオナルドの一言で粉砕される。
「ベ、ベアトリーチェ……」
媚薬を盛られ、意識が
イザベラは彼が自分を求めていないことを知ると我慢できなくなった。
「媚薬を盛ってもあなたは……あの女がいいって言うの! 私じゃなくて! あの女が!」
悔しさを口にしながら、レオナルドを叩き続けるイザベラ。彼女の暴力は一分近く続けられたが、
「私の方がずっと女らしいのに、あなたはベアトリーチェの方ばかりに目を向けるのね。だったら」
レオナルドが痛みに呻いているのもほったらかしにして、イザベラは召使いを一人呼び寄せた。
「イザベラ様、どうされましたか」
「明朝にここを発つわよ。準備してちょうだい」
イザベラの父オッタヴィアーノは持病の痛風を理由に、二日前にエミリアを出立しミディオラへと向かっていた。おそらく本国に到着しているだろうことを見越して、彼女は召使いを呼び出したのである。
召使いは「かしこまりました」とだけ告げて、早速馬と飛ばしてミディオラへと走った。
「レオナルド。あなたには私が相応しいの。公爵令嬢のこの私が」
イザベラは苛立ちを隠せないでいた。そして、そんな公爵令嬢の背後で、似たような気持ちでいた少女がもう一人。
「ふうん、レオ兄様はやっぱり、あの騎士女が大好きなんだ」
抑揚のない声でポツリと呟いたジュリア。彼女にとっては間接的に異母兄に媚薬を盛った罪悪感よりも、兄への愛が勝ったらしい。
「絶対に渡さない」
ジュリアはひっそりと地下室へと戻るのであった。
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