愛しのお兄様

「ねえ、あたしたちって似た者同士だと思わない?」


 語り終えたジュリアは、同意を求めるようにイザベラに尋ねる。


「何が?」


「分からない? あなたはレオ兄様から愛してほしくてたまらないのに愛してもらえない。あたしは生まれた瞬間からお父様に愛してもらえなかった」


 ジュリアは父ジョバンニに認知された後も、一向に彼女を娘として扱おうとはしなかった。彼はジュリアを屋敷には住まわせたが、まるで最初からいないものとして扱い、召使いたちも父の指示によって無視を決め込んだ。


 生きながらにして死んでいる。


 ジュリアの気持ちは暗いままで成長した。彼女を慰めてくれてくれるのは二つだけ。


 一つは屋敷の中庭に設えられた花々。


 ヒナギク、バラ、チューリップにアカンサス等々。色とりどりの花がジュリアの心を慰めてくれた。人からはあまり相手にされなかった彼女にとって、花々は支えとなったのである。


 そして、もう一つの支えは……。


「お姉さん、これをどうぞ」


 ジュリアは液体入りの瓶をイザベラに差し出した。ジェル状の液体が瓶の中で振られてプルプルと震える。直感でそれを危ない物と推察して眉をひそめるイザベラ。


「大丈夫よ、お姉さん。これは無花果いちじくを主原料として作られた媚薬びやく。これを葡萄酒に混ぜてレオ兄様に飲ませれば、きっとあなたに熱い情熱を注いでくれるわ。お姉さんの体を求めるぐらいに強烈な情熱でね」


 イザベラはいぶかしんだ。どうしてそんな物を自分に渡そうとしてくるのか。それで少女に何のメリットがあるのかと。


 しかし、レオナルドと燃えるような恋を欲したイザベラには冷静な判断力などなかった。


「いくら?」


「え?」


「その媚薬はいくらかって聞いてるのよ」


「あら、お金はいりませんわ。どうぞ」


 ジュリアは対価も受け取らずに、自分が作成した媚薬をイザベラに渡した。ぽかんとするイザベラ。そんな彼女の目に少女の真剣な顔が映る。


「レオ兄様が幸せになってくれるのは、あたしも嬉しいの。だって、レオ兄様だけがあたしを『生きている人』として見てくれたんだもの。お父様の目を盗んで、レオ兄様はあたしの住まう地下室に来てくれて、色々とお話してくれたんだもの。


『エミリアのずっと北にはグロウディッツという国があって』とか『ロレニアはその西にあって、アザミの花が素敵なんだよ』とか。


 あたしが知る外の世界は全部、レオ兄様の口から聞かされたもの。


 真っ暗な世界に立つ、たった一人の明かりがレオ兄様なの。だけど、レオ兄様だって男の人でもう大人。できればあなたと幸せな結婚をしてほしいの」


 イザベラはジュリアの早口な語りに圧倒されるのと同時に、少女の真剣さに納得してしまった。そうか、彼女は心の底から私とレオナルドの幸せを願っているのか。それならば無償で媚薬を渡したのも合点がいくな、と。


 公爵の娘は小さな少女から瓶を受け取ると言った。


「ありがとう。ジュリア様。早速これを使いたいのだけれども、どのぐらいの分量を葡萄酒に混ぜればいいのかしら?」


 イザベラの質問に、ジュリアは丁寧に答えてやった。それが済むと二人は別れた。イザベラはレオナルドの寝室へ向かい、ジュリアはそれを見送るのであった。



 傲慢で自惚れの強い公爵令嬢と別れると、ジュリアは地下室に入り、そこに設えられたわら敷きの粗末なベッドに横たわった。右手にアザミの花を持ちながら。


「さあ、あの人はどうなっちゃうかしら」


 うふふ、と気味悪い声が狭い室内に響く。十三歳の少女らしからぬ、小悪魔のような笑い。そして、彼女の右手から流れる血液。アザミを握りしめたことでジュリアの掌は真っ赤になっていく。


 痛みが生きていることを実感させてくれる。


 こうすれば、愛しのお兄様が手当をしてくれる。


 だから自傷は止められない。


「レオ兄様は誰に渡さないわ。誰にも。公爵のところの女にも……あの、バルコニーで仲良くしてた女にも」


 ジュリアが兄に向ける感情は尋常ではなかった。それはさながら幼児が見せる独占欲。自分のおもちゃを誰にも渡すまいとして、相手を突き放す様に似ている。


 いや、彼女の場合は独占というよりも執着と言った方が適切かもしれない。


 お兄様は私のもの。誰かに渡すくらいなら死んでやる。


 それ程までに、ジュリアは異母兄のレオナルドを愛していた。

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