二人の悪女、初めての顔合わせ

 舞踏会は幕を閉じた。公爵の屋敷に閑静が訪れる……はずであった。


「ああ、もう! レオナルド。どうして寝室に籠るの!」


 イザベラだけは舞踏会が終わろうとも騒がしかった。髪をかきむしって嫉妬心を剥き出しにする彼女の脳裏にあるのは、と婚約相手が親しくする場面。


 二人きりの空間で結ばれない男女が互いを慰め合い、近くて遠い距離を嘆く。燃え上がる熱情をどうにかして抑え、いつか到来するはずのチャンスを口にして別れる。


 イザベラは憎悪に燃えていた。自分の方がずっと美しいのに、どうしてレオナルドは騎士もどきの女に熱を上げるのか、彼女にはまったく理解できなかった。


 政略結婚に愛が伴わないのはよくあることだが、イザベラの場合は違った。


 彼女はレオナルドを愛していた。


 自分の好みにあった容姿の持ち主で、それも女性の扱いも上手と来れば世の女性の注目を集めるのは必定ひつじょう。そんな彼と婚約できる。嬉しくて当然であった。


「あらあら、随分とお怒りのようね」


 屋敷の壁を叩いて悔しさをにじませるイザベラの背後から声がした。振り向くと、目の前に一人の少女が立っている。


 もし、彼女が黒を基調とした派手な服――ゴシックロリータと称されるそれを着ていなければ、十中八九少年と勘違いされるだろう程にボーイッシュな少女であった。


 少女は小さな足音を響かせながらイザベラに歩み寄る。


「あんた誰? 舞踏会にいなかったわね」


「舞踏会……あんな大人たちの臭い息を嗅ぎながら踊るなんて、あたしはまっぴら御免だわ」


 少女はそう言うと、自分より背の高いイザベラをまじまじと見つめる。悪戯っぽい笑みを作りながら。そして、イザベラが困惑した顔を浮かべると今度はぷいっと顔を背けてしまう。


「あたしはジュリア・ダ・ガッラ。ジョバンニ侯爵の娘で、レオ兄様の妹です」


「レオ兄様?」


 イザベラは不思議に思った。確かエミリア侯爵にはレオナルドしか子はいなかったはず。では、目の前にいるジュリアとかいう少女の話は本当なのか、それとも……。


 ジュリアはそんな彼女の疑問を汲み取ると、こう答えた。


「あはは、お姉さんが知らなくて当然ですよ。だってあたしは」


 ジュリアは自身の出生の秘密を、イザベラに語って聞かせた。


 何とも身勝手な大人たちの都合で、一人の少女が経緯を物語風にして。



 かつて、エミリア侯爵ジョバンニ・ダ・ガッラは神聖教の教皇――ラティニカ半島中部を横断する教皇国の支配者――と姻戚いんせき関係を結ぼうと試みたが上手く行かなかった。


 理由は彼の治めるエミリア侯国の国情に由来した。


 法皇派と皇帝派。


 ラティニカ半島において、法皇国より北にある諸国家は上記の二派に分裂して勢力争いを繰り広げていた。法皇派は法皇支持派で、皇帝派は後程登場する『とある大国』の皇帝による半島支配を支持する一派である。


 エミリア侯国は皇帝派の国に属し、その領主であるジョバンニが法皇と姻戚関係を結ぼうものなら、市民が暴動を起こしかねない状況であった。そんな国情では法皇の娘をめとろうなど危険すぎる。よって彼は計画を諦めた……わけではなかった。


 侯爵は考えた。


「愛人なら問題ないのでは?」


 当時彼には正妻がいて、しかもレオナルドが生まれたばかりだというのに、この男は不倫に走った。侯爵もオッタヴィアーノとそう変わらぬ屑であった。


 しかも話はそれだけでは終わらなかった。


 彼はなんと不倫相手を身ごもらせた挙句、生まれた女の子を認知しようとしなかった。これに不倫相手は怒り狂って全てを法皇、つまりは自分の父に伝え、さらにジョバンニの侯爵位没収と彼の領地の法皇国組み入れを訴えた。法皇は娘の意見をすんなりと受け入れると「神が正義とされた戦争」と称して軍を編成し始めた。

 

 ジョバンニは慌てた。自分に味方してくる勢力が一つも現れず、孤立無援の状態で数倍の兵力を有する教皇軍を相手する羽目になりかねなかったのである。だがこれは自業自得。


 この世のどこに「自分が不倫をしたら、その相手の親父が大軍で攻めてきそうだ。助けてくれ」と懇願されて援軍を出す国があろうか。


 結局、侯爵位と命惜しさが勝ったジョバンニは教皇と和睦を結ばされた。彼は「教皇が軍の編成にかけた費用の支払い」を強制され、仕方なくそれを呑んだ。


 さて、この時にジョバンニが認知した私生児とは誰か。


 それは全てを語り終えると苦心の滲む溜息を洩らしたジュリアその人であった。

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