第十一話 発覚 [後編]
ドラゴに言われた通り、夜宵のレポートを読んで二人が戻ってくるのを待っていようと思った歴奈は、黒いバインダーファイルを開いた。
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【黒歴史簿】
【黒歴史名】フェイク彼氏の赤石
【黒歴史者】赤石香織(女子 潮乃音高校43期生 チアリーディング部所属)
【相談者】黒歴史者本人及びチアリーディング部の友人
【対応年月】潮乃音高校44期年度3月
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A4の用紙が一枚だけファイルされていた。文字はみな横書きだ。枠線や欄のタイトルは印刷だが、それ以外はボールペンによる手書きの文字だった。
ドラゴのレポートとは明らかに異なるフォーマットの文書だ。
一番上に書かれている『黒歴史簿』は『クロレシキボ』と読むのだろうか。
他にも『黒歴史』という単語が何回か出てくる。
その『黒歴史名』と『黒歴史者』の欄の記述には思い当たることがあった。
ドラゴと一緒にここに来る途中、職員室の近くで会った三年生の女子が赤石だ。
下の名前までは分からないが、苗字は赤石で性別は女子。
それに今の三年生は潮乃音高校の四三期生のはずだ。入学式の時に看板などで見たが、歴奈たち今年の新一年生が四五期生。二学年上なら二期前ということになる。
しかも赤石はチア部、つまりチアリーディング部に行くと言っていた。チアリーディング部は、『相談者』の欄にも出てくる。
そして何より、赤石が発して気になっていた『フェイク彼氏』という言葉も登場する。
歴奈が出会ったあの赤石について書かれた文書と考えて間違いなさそうだ。
『対応年月』の『潮乃音高校44期年度3月』は先月、つい最近ということになる。
まだ上部にしか目を通していない。続きが気になり、下部の『詳細』欄を読み始めた。
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【詳細】
赤石香織は中学時代、仲のいい友人二人と三人のグループで行動しており、高校進学で別々の学校になっても交友関係は続いていた。そして、友人二人には交際相手ができた。
赤石は自分一人が取り残されてしまったことに焦りを覚え、友人たちと面識のなかった三歳年上の大学生の兄の写真を二人に送り、自分の彼氏と言い張った。
これが『フェイク彼氏』の始まりとなった。
その後も赤石は交際関係を装うため、兄と撮影した写真を友人二人へのメッセージや自分のSNS上にたびたびアップし、『フェイク彼氏』との熱愛ぶりをアピールした。
嘘を重ねて一年近くが経過した高校二年の夏休みに、赤石は友人二人からグループデートの誘いを受けた。赤石は兄を必死で説得し、彼氏のふりをしてもらうことを承諾させた。
赤石が付き合っている彼氏は大学生で、車の運転もできるなどと自慢していたこともあり、グループデートは兄がレンタルしたワゴン車で海水浴場に行くことが決まった。
グループデート当日、赤石は兄と車で、友人二人とその彼氏を順番に迎えに行った。
友人二人は、偽名で『フェイク彼氏』を演じる赤石の兄を最初は本物の彼氏だと信じた。
だが、海水浴場に向かう途中、一時停止不停止の交通違反により警察に免許の提示を求められたことで兄の正体がばれてしまい、『フェイク彼氏』のことが発覚してしまった。
友人たちはあきれ果て、赤石が兄に彼氏のふりをさせていたことをSNSに投稿した。
潮乃音高校にも赤石の『フェイク彼氏』のことは広まり、やがて『フェイク彼氏の赤石』という黒歴史を揶揄する汚名で噂が囁かれるようになった。
赤石は校内で嘲笑される日々に耐えきれなくなると、今では本当に彼氏がいると言い返すようになったが、それも嘘だった。
そして年が明けた頃、その噂を聞きつけた友人二人から彼氏の存在を疑われた赤石は、またしてもグループデートの約束をしてしまった。
三月になり、グループデートが近づいてくるにつれて赤石は落ち込んでいったが、それを見かねた同じチアリーディング部の友人の勧めで、黒歴史研究部を訪れた。
相談の結果、一度だけという約束で、黒歴史研究部副部長の伏見竜子が男装して『フェイク彼氏』を務めることになった。
グループデート当日、伏見は見事に『フェイク彼氏』を演じきり、赤石は事なきを得た。
しかし赤石は、『フェイク彼氏』で見栄を張ることの虚しさを、黒歴史研究部部長の大黒夜宵に吐露した。
赤石は今回も『フェイク彼氏』であったことを友人二人に告白し、SNSにも公開した。
自分から事実を告げたことはある程度評価されたものの、それなりの反発、バッシングは続きそうとのことだった。それでも赤石は仕方がないと受け入れているらしい。
どうやら心境に変化があったらしく、これからは好きなチアリーディング部の活動に力を入れると前向きに語っていた。
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裏面まで続いていた『詳細』を読み終わった。
これは一体何なのだろう。理解が追い付かない。
歴奈が顔を上げると、いつの間にか夜宵とドラゴが向かい側の席に座っていた。
夜宵は、さきほどのように意味ありげな微笑を浮かべている。
ドラゴの眠そうな表情が、少し動いた。
「ちょっと貸して」
差し出しされたドラゴの手に、開いたままの黒いバインダーファイルを渡した。
ドラゴは、ファイルの中身を見た途端に目を見開いた。
「夜宵。これ、赤石先輩の
「あら。間違えてそこに入れてしまったかしら。ごめんなさい」
夜宵が片手を頬に添えて、おっとりとした口調で言った。
「赤石先輩の黒歴史は本人がSNSでも公開しているから、秘密度は低いけど」
ドラゴはファイルを置くと、心底がっかりしたようにため息を吐いた。
「ドラゴ。もう歴奈に話してもいい?」
「こうなったら、仕方がない」
ドラゴの眠そうな顔が、何となく気まずそうに見えた。
夜宵は、微笑を浮かべて歴奈を見つめている。
ちょっとした悪戯がばれてしまったとでもいうような、はにかみを含む微笑。
そして夜宵に告白されたのだった。
「実は私たち、黒歴史研究部なの」
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