第十話 発覚 [前編]


 ティータイムが終わった。全員のマグカップが空になっている。


 歴奈は少しだけ妙に感じた。


 二人だけの部なのに歴奈の分のマグカップがあった。食器棚を見ると、マグカップは他にもいくつか余っているようだ。


 それに夜宵は緑茶、ドラゴはコーヒーのブラックしか飲まないそうだが、紅茶など他の種類のティーパックや砂糖が備えてある。新入部員向けに急に用意したわけでもないらしい。


「ドラゴが淹れてくれたから、私が片づけるね」


 夜宵が立ち上がった。


「それなら、私もお手伝いを」


「今日の歴奈は、お客さんだからいい」


 歴奈は腰を上げかけたが、ドラゴに止められた。


 夜宵がスチール書棚からいくつかのバインダーファイルを持って戻って来た。


 読んでいてくれる? 『歴史研究新聞』のバックナンバー。それから、私とドラゴが去年書いた、『高校生歴史レポートグランプリ』のレポート」


「あ、はい」


 歴奈はバインダーファイルを受け取った。


 夜宵が食器棚からトレーを持ってくると、ドラゴが全員分のマグカップを手早く載せた。


 そのトレーを両手に持った夜宵が、部室から出て行った。何か意味ありげな微笑みを浮かべていように感じたのは気のせいだろうか。


 そう思いつつ、手にしている三つのバインダーファイルに視線を移した。


 大きいものが一つ。それより小さいものが二つ。小さい方の二つをテーブルに置いた。


「それは歴史研究新聞」


「はい。見せて頂きます」


 歴奈はうなずき、手に残した一番大きいバインダーファイルを開いてみた。


 ドラゴの言った通り、歴史研究新聞だった。掲示板に張られていたのと同じ新聞片面サイズの用紙が見開きで格納されている。


 縦開きに捲っていくと、三国志とそれ以外のテーマの見出しが交互に目に入ってきた。聞いていた通りドラゴと夜宵が順番に作成しているらしい。当然、三国志の月はドラゴ作だろう。古代などをテーマに書かれたものは夜宵が作ったもののはずだ。


 どの号もなかなかのボリュームがある。作るのは大変そうだが、自分の好きなテーマで書いて良いということであればやりがいがありそうだ。創作意欲が湧いてきた。


 すぐには読み切れそうになかったのでファイルを隅に置いた。


「そっちは、『高校生歴史レポートグランプリ』のレポート」


 小さい方の二つ重ねて置いてあるファイルに視線を向けると、ドラゴが呟いた。


 歴奈は上の方、灰色のバインダーファイルを取って開いた。


 最初のページに、『三国志 長坂坡の戦いの検証』、『伏見龍子』という文字が印刷されている。


 次のページからはぎっしりと横書きの文章が印刷されていた。A4サイズで二十ページほどはありそうだ。


「家でも作業して頑張って仕上げた。入賞はできなかったけど」


 それでもドラゴの三国志への情熱は本物だと感じた。


 書く前には資料を読み込む必要もあったはずだ。相当の時間と労力が注がれているのは間違いない。


 興味を引かれたが、歴史研究新聞以上に読むのには時間が掛かりそうだ。


「今度、じっくり読ませてください」


 ドラゴがうなずき、机の上の黒いバインダーファイルに視線を向けた。


「そっちは夜宵の古代史のレポート。私と同じで入賞は逃したけど、力作だと思う」


 歴奈が黒いバインダーファイルに持ち替えたとき、戸の開く音がした。


 夜宵が戻って来た。だがトレーを持ったまま歴奈たちの座っている長テーブルの横を通り過ぎ、サッシ戸からベランダに出て行った。


 また夜宵が、少し気になる微笑を歴奈に向けていったように感じた。


「洗ったマグカップとかはベランダに干して乾かす。電気ケトルも」


 ドラゴが立ちあがったので歴奈も続こうとしたが、再び止められた。


「歴奈は読みながら待っていて」


「お任せしてしまって申し訳ないです」


 ドラゴも食器棚から電気ケトルを取ってベランダへと出て行った。


 見学中とはいえ、後輩の歴奈に雑務を押し付けようともしない。


 改めて歴史研究部のことを魅力的に感じた。こんなに優しい先輩たちと大好きな歴史の研究ができるのだとしたら、この部はまるで理想郷だ。


 二人が戻ってきたら入部したいと言おう。そう心に決めた。

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