第三話 不安と期待

ベイプラザに到着した。

歴奈は文華とともに駐輪場に自転車を停めると、一階のフードコートに入った。


「混んでるわね」


 文華の言う通り、テーブル席はだいぶ埋まっている。

 潮乃音高校の生徒の姿もあちこちに見えた。登下校のルート上だ。土曜日の学校帰りに立ち寄る生徒は多いだろう。


 二人でパスタの店舗に決めて注文をした。テーブル席で待っていると、文華の呼び出しベルのほうが先に鳴った。文華が立ち上がって店舗に歩いていく。その方向に同じクラスの男子二人が見えた。二人に文華が近づいて何かを話し始めた。


「ただいま。あの二人ね――」


 パスタを載せたプレートを持って戻って来た文華が、クラスの男子二人の話をした。


 歴奈たちの一年A組でも、徐々に仲のいいグループが作られつつあるようだ。


「歴ちゃん。どうかした?」


「ううん。別に。ただ、文ちゃんと同じクラスになれて幸せだなって」


「ちょっと、なに言ってるのよ」


 文華が少し照れた様子を見せているうちに、歴奈の呼び出しベルが鳴った。


「取ってくるから」


 心の中で、文華に感謝しながら店舗に向かった。


 文華は、歴奈の中学時代の嫌な記憶のことを相談できる唯一の存在と言ってもいい。歴奈の過去を知っているため、色々と気を遣ってくれている。


 歴史研究部への入部を勧めてくれたのも文華だ。

 歴奈は引っ込み思案でコミュ力も低く、高校でクラスに馴染めるかも不安だったが、部活で歴史好きの人たちと仲良くなればいいと文華は言ってくれた。

 そのおかげで少しだけ気が楽になった。中学で帰宅部だった歴奈に、部活という発想はなかった。


 幸いにも文華と同じクラスになれたが、それは運が良かっただけだ。


 プレートを受け取って席に戻り、二人でパスタに口を付け始めた。


「文ちゃんは文芸部の見学に行くの?」


「潮乃音高校の学校見学の時に文芸部も見学済みよ。すぐにでも入部するつもり」


 文華は、中学に続けて高校でも文芸部に入ると以前から言っていた。

 とにかく本が好きで、平日二冊、休日三冊のペースで様々な書籍を読破している。

 かといって内気な文学少女という感じはなく、コミュ力や行動力は相当に高い。


 塾の休み時間に歴奈が歴史小説を読んでいた折に、「何読んでるの?」と文華に声を掛けられたのが、話すようになったきっかけだった。その後も文華から積極的に話し掛けてくれたおかげで、コミュ障に近い歴奈でも仲良くなれた。


 文華は歴奈と違って、他のクラスメイトたちとも楽しそうに話している。

 それでも初めて午後まで授業があった昨日は、歴奈と二人でお弁当を食べてくれた。


 近くのテーブル席に他校の四人組の女子が見えた。食事をしながらはしゃいでいる。


「文ちゃん、あのね。来週から、他の子とお弁当を食べてもいいよ」


「急にどうしたの?」


「文ちゃんなら誰とも仲良くできるでしょ? 大勢でご飯を食べたほうが楽しいと思うし」


「ああ、それはいいの。歴ちゃんさえ良ければ、これからも二人で一緒に食べて。ただ、来週からは、お弁当を食べ終わったら本を読ませて欲しいんだけど」


「本?」


「昼休みは読書に時間を当てたいのよ。でも大勢で食べると、どうしても話が長くなって時間がかかるでしょ? 途中で一人だけ抜けるのも気が引けるし」


「中学のときもそうしてたの?」


「そうよ。クラスにいる文芸部の子と二人だけでご飯を食べて、そのあとは別々に読書」


「文ちゃん、本、大好きだもんね。全然いいよ」


「ありがと」


 文華は少し安心したようだった。


 会話が一区切りしたところで、他校の四人の女子グループの声が耳に入ってきた。


 あいつ、誘ってやったのに断ったよね。

 同じクラスになったから一応仲間に入れてやろうとしたってのに、立場分かってんだか。

 ハブろうか。

 そうしよ。


 その女子グループは、食べたあとの片付けもしないでフードコートを出て行った。


「それに私、ああいうのが苦手なの」


 文華がため息をついた。


「ちゃんと片づけをしない、マナー違反が?」


「それもだけど、話していたことがよ。私、女子特有の派閥が駄目なの。仲良くするのはいいのよ? だけど派閥の中で序列を作ってマウントを取ったり、ちょっとのことで仲間外れにしようとするのを見ると、うわーってなっちゃう」


「そうなんだ」


 なんとなく文華らしいと思った。


「中学の時にクラスの女子グループに誘われて一緒にご飯を食べたことがあったけど、あんな感じの話をしていてどうしても馴染めなかったわ。本を読みたいからって断れば、付き合いが悪いって陰口を言われるし。歴ちゃんが、そういう子じゃなくて良かった」


 気を遣わせている文華に多少は報いることができるようで、歴奈も安心した。


 店員がやってきて、女子グループが使っていたテーブルを片付け始めた。


「そういえば一緒のクラスになれたし、無理に部活に入る必要はないんじゃない?」


「一応、見学はしてみるよ」


 文華に頼り切って重荷になってしまうのも心苦しい。


「でも、別に私が勧めた歴史研究部にこだわらなくてもいいと思うわよ? 運動部もいいかも。体を動かすと頭もすっきりして、読書や勉強も捗るしね」


 文華はスポーツも不得意というわけではない。中学から空手の道場に通っていて、今では黒帯のすぐ手前の一級だ。


「歴ちゃん、前に弓道やっていたんでしょ? 弓道部は女子も多いみたいだし、どう?」


 確かに中学の一時期、親の勧めで近所の神社にある弓道場に通ってはいたものの、熱心に打ち込んでいたというわけではない。


「弓道はもういいよ。やっぱり歴史が好きだから、歴史研究部に行ってみるね」


「好きなことをできる部が一番よね。さあ、冷めないうちに食べましょ」


 お互いに口数を減らしてパスタを平らげると、トレーに乗せた皿を返却口に下げた。


「文ちゃん、バイト大丈夫?」


「まだ平気よ」


 文華は法的に労働が可能となる四月の頭から書店でバイトを始めていた。三月中に面接は済ませていたらしい。行動力にも舌を巻きそうになる。


「でも文芸部の活動が始まったら、バイトと被っちゃわない?」


「ちゃんと文芸部の先輩に活動日を聞いてシフトを組んだわよ。中学で見学に行ったときにお願いして、文芸部のグループトークに入れてもらってあったしね」


 やはり文華はコミュ力も相当に高い。歴奈にしてみれば驚異的でさえある。


「帰る前に、ちょっと二階の書店を見てもいい?」


「いいけど、この後バイト先の本屋さんにも行くんじゃないの?」


「それでも見たいの。色んな書店に行くたびに楽しくなるし、編集者志望として、ね」


 文華は、本の編集者を目指していると言っていた。それに役立ちそうというのも、バイト先に書店を選んだ理由に含まれているらしい。


「テンション上がるわ」


 書店に着くと、文華のメガネがキラリと光ったように見えた。

 満面の笑みをうかべている文華を見て、歴奈は苦笑した。


 文華は嬉々として書店内を見て回ったが、それほど長居はしなかった。

 書店、そしてベイプラザを後にして、文華と一緒に自転車を漕ぎ始めた。


 なんとなく、またあのことを思い出してしまった。

 拭い去れない中学時代の記憶は、間断的に歴奈を苛んでいる。


「やっぱり、あのことが気になっちゃう?」


 隣を走る文華が、周囲に人がいないことを確認して訊ねてきた。


「うん。あのことが高校でばれちゃったらと思うと、怖くて仕方ないよ」


「そうよね」


 その不安もあり、高校生活への期待に胸を躍らせるなどということはなかった。


 しばらく無言で、文華と一緒に自転車を走らせた。


「でも、来週の歴史研究部の見学は楽しみなんじゃない?」


 文華が励ますように言ってきた。


「そうかも」


 歴史研究部には少し期待していた。

 それに、あのミステリアスな雰囲気の大黒に魅かれてもいる。


 圧倒的に不安の方が大きいが、小さな期待はある。

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