第8話 手のひら返し(聖女含めて)

「やったー!! 肉だー!!」


「水もいっぱい!! 夢みたい!!」


 丸焼きにされたオーク肉の周りに領民達が嬉しそうに群がる。


 ホットオークを解体後、僕達は領内へ戻ってその肉を領民に分けた。

 もちろん水も一緒に。


 そしたらみーんな大喜び。

 巨大な肉の塊一つでお祭りみたいになってる。


「流石は領主様だ、我々を見捨ててなかった!!」


「今まで疑ってた俺達が馬鹿だった……!!」


「領主様最高!! 最高!!」


「くっくっくっ……」


 あまりにもチョロすぎる。

 厳しいムチの合間にあまーい飴を垂らすだけで、あっという間に手のひら返しだ。


「ご主人様はこうなる事を予想して修行を?」


「魔物退治で僕の目的と領民の欲望が満たせる……一石二鳥だろ?」


 魔物退治は水路建設の為。

 だけどその間の準備で領民からの反発は避けられない。


 だったら魔物退治を、僕の悪評を吹き飛ばす材料にしてしまえばいい。

 魔物がオーク系だという情報も分かっていたし、魔物の肉と近くの川の水を手土産にすれば、僕を好意的に見る人間も増えると思った。


 名付けて”実はいいヤツでした”作戦。


「自分の欲望を叶える時は相手の欲望も……ってね」


 欲深い野望を”いい人みたいな行動”で中和する。

 領地改革にバランスは大事だ。 


「ひゃっほう!! 生きててよかったぁ!!」


「FOOOOOOOOO!! ガブ飲みだぁ!!」


 ……ここまで盛り上がるのは予想外だったが。

 あの水、アルコールとか入ってないよな?


「ほんっとクロトって恐ろしいわね」


「恐ろしくて結構。それでこそ領主としての格が生まれるってワケだ」


 そんな僕の考えに対して、嫌そうな態度をするソフィア。

 目を細めて僕を睨み、明らかに警戒している。


「お肉いいわね……ゴクッ」


 しかし、わかりやすく喉を鳴らす姿。

 彼女も肉に飢えているのだと気づいた僕は、取り皿に置いていた肉を手に持った。


「ほれほれ、ソフィアも食べてみろ」


「えっ、アタシは別に」


「言ったろ? お前は我慢しすぎなんだよっ」


「べ、別にそんなんじゃ……むぐっ!?」

  

 未だ遠慮しがちなソフィアの口元に、オークの肉を無理やり突っ込む。


「どうだ?」


「……美味しい」


 口に入れられた肉をモグモグとながーく味わってから、ゴクンと飲み込むソフィア。

 なんだかんだ肉の魅力に取りつかれたな。


「オーク肉ってこんなに美味しいのね」


「当然、僕が狩った肉だからな!!」


「意味わかんないこと言うな。ぶっ飛ばすわよ」


「おー、怖い怖い」


 表情と言動に棘はあるが、前に比べて肩の荷が落ちたような気がする。

 あの時、僕が思っていた事を全部ぶちまけて、ソフィアも全部ぶちまけたからだろうか。


 こうして少しずつ欲望を思い出せばいい。

 それが憎かろうとなんだろうと、僕はソフィアに思うがままに生きてほしい。


 だって彼女は面白いし、魅力的な女性だから。


「……まぁ、大胆な所はカッコイイわね」

 

 と、早速ソフィアが僕の期待以上に面白い事を口にした。


「へっ!? ア、アタシ今なんて!?」


「ほぉ~? あのソフィアが……」


「違う違う!! 今、絶対アンタにふさわしくない事言った気がするんだけど!?」


「大胆な所はカッコイイ、ねぇ」


「全部聞いてるじゃない!!」


 ボソッと言ってしまった事を否定しようと、僕の元へ突っかかるソフィア。

 視線もあっちこっちを見てるし、身振り手振りもいつもより激しい。


 無意識に出た言葉だからか、かなり動揺している。


「え、マジでアンタをカッコイイって思った理由がわかんないんだけど!? ふざけんな!!」


「言葉で拒否してる割には顔が赤いぞ、聖女様?」


「っっっっっ!!」


 指摘すると、より一層顔を赤くする聖女様。

 

 ちなみに魔眼を通して見た彼女のオーラはピンク色だ。

 この色が表すのは恋心や愛情、つまり恋愛感情。


 凄くわかりやすいね。

 

「ま、ソフィアに褒められるのは凄く嬉しいぞ? 明るいし素直だし、いてくれるだけで楽しい」


「はっ、どーせお世辞でしょ」 


「僕がソフィアにお世辞を言うと思うか?」


「……むぅ」


 納得したけど納得したくない……って感じの顔だな。

 ソフィアは何かを考えながら肉を取りに行き、ため息と共に戻ってくる。


 わざわざ僕の隣に座って。


「いつか女の子を扱うのはめんどくさいってわからせてやる。やられっぱなしはゴメンよ」


「ほぉ、それは楽しみだ」


 僕を軽く睨んだ後、はむっと肉にかぶりつく。

 色々と表に出したからか、食べたり飲んだりする様子に遠慮がなくなっている。


「ククッ」


 僕をわからせる、ねぇ?

 これから何を教えてくれるのか楽しみで仕方がない。

 

「さーて、僕も食べようか。おい!! ロース肉はあるだろうな!?」


「あります!!」


「こんな美味しそうな部位、俺達には勿体ないです!!」


「フハハハ!! 遠慮などするな!! 勿論、僕は最初から遠慮しないがな!!」


 領主で肉を狩った立場を最大限利用し、オークで一番美味しそうな部位にかぶりつく。


 うぉっ!! 結構美味い!!

 塩コショウを使っただけあって、シンプルな味わいと口当たりのいい油が見事にマッチしている。


 あーでも、前世の調味料が恋しくなる……

 焼肉のタレとかぶっかけたら絶対美味いじゃん。


「……本気なのですね」


 極上の肉を堪能している僕に話しかけるイヴ。


「本気? 僕はいつでも本気だぞ?」


「いえ、口だけで動かないという可能性もありましたので……旦那様から聞いてたご主人様とは違っていて、今でも現実なのか疑っております」


「あ〜……」


 多分、転生したからだ。

 以前のクロト君ならワガママの質が今より低かった。


 一時的な幸福で何とかしようとして、楽をしようとする人間。

 口だけでロクな行動をしないご主人様だと思っていたのだろう。


「人間小さなキッカケで生まれ変われるんだ。そーいうもんだよ」


「そうですか」


 転生したんだー、とか今言っても信じて貰えなさそうだし、敢えて黙っておく。


 お、気がつけば肉が無くなってるじゃん。

 早く次を持ってこよう……と立ち上がった時、









「……私も生まれ変われますかね」 


「ん?」


 イヴが意味深な事を口にした。 


「いえ、なんでもありません。忘れてください」


「やだね、絶対なんかあるだろ。後でまた問い詰めるからな」


「……ご主人様のそういう所は苦手です」


 何か言った? なんて古典的なパターンは僕に通じないからな。

 一字一句、全部聞いてますよー。


(イヴもなんかありそうなんだよなぁ)


 転生した直後から、彼女に何かしらの事情がありそうだと思っていた。


 こんな貧乏辺境伯の元にたった一人だけ仕える美少女メイド。

 オマケに基礎スペックは高いし、僕を魔物と戦えるまで鍛え上げた。


 問題はそこまでレベルの高いイヴが、何故僕の元にいるのか。

 

「ま、その辺も落ち着いてから聞こう」


 ソフィアもだけどイヴは特に欲を出して欲しい。

 普段はご主人様の命令に従う忠実なメイド。


 そんな彼女が心の底から求めているものとは一体……

 くー、楽しみになってきた。


「そういえば水路工事はどうされますか? 職人がいないと話になりませんが」


「あぁ、それなら大丈夫」


 そして本命の水路建設。

 イヴの言う通り、水路を作れる環境ができても、その水路を作る人がいなければ話にならない。

 

 しかし、


「その為の”節約”だからね」


 僕はその辺含めて準備していた。

 修行を始めた三ヶ月前から。

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