2Rooms××2Rules【2 much 2 be ver.】
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――あぁー、あっそぅ。あ、私のことなんて全っ然、愛してなんか……いなかったんだぁー、そっかそっかぁー。
――あーもういい、あーもうあー死んでやるんだから。
――あんたの目の前で。
……彼女がそんな風にテンプレ気味にキレるのも、三日に一度くらいにいつもの事だったから、その時もおざなりに宥めただけだった。いつものポーズだろう、とか。明日にはまたいつもの彼女に戻ってんだろ、とか。でもどうやら、
……今回ばかりは本気だったみたいだ。
ひどく深い、そして不快な眠りから。無理やり眉間辺りをこじ開けられるかのように覚醒させられたのは、でもしかし他ならぬ彼女の金切る叫び声と、何かをしきりにゴンゴ、ゴンゴリというように叩く音だったわけであり。その
硬く、冷たい感触を右頬に不意に覚えて僕は目を開く。瞼が左、遅れて右の順に割れて視界が明らかになる。ぼんやりと薄暗い空間。横倒しになった長方形が淡い光を放っている。その中に動く物影がある。
「!!」
驚いて自分の身体を起こす。が、うまくいかずにもう一度、右頬を下に引っ張られるようにして倒れ込んでしまう。何か、痺れに似た感覚が全身に纏わりついているようだ。身体が、身体がままならない。でもそんなことを気にしている場合じゃあない。
顔を起こし、改めて正対する。「光る長方形」、それは「扉」だった。ガラス、いやアクリルか? 透明だが結構な厚みを持っているように向こうが屈折して見える「扉」。その左側の中ほどに、掴んで回すタイプの丸い金属性らしきドアノブがついている。見知らぬ「扉」。いや、「見知らぬ」はこの部屋自体も勿論そうなのだけれど、ここはどこだ?とか、考えている暇も無い。なぜなら、
「……!!」
扉の向こう側。そこに張り付くように、縋りつくようにして、その華奢な両手で透明な「扉」を必死で叩いていたのは、僕の彼女であったわけで。それだけでも驚愕だったが、さらにその背後、上方に設えられている灰色の太いパイプのようなものの口から、
「……」
大量の水が滝のように流れ落ちていたのであった。なん……何なんだ、この状況はッ!?
慌てて辺りを見回すが、自分が倒れていた「部屋」は四畳半くらいの大きさで、打ちっぱなしのコンクリの壁・床・天井に囲まれた殺風景この上無いほどの、真四角四面の立方体に近い空間だ。地下室なのだろうか、窓ひとつ無い。「室」というよりは居住感をあまり意図していないシェルターのような佇まいだ。
こんな場所に馴染みは無い。自ら足を踏み入れたという記憶も無い。落ち着け。落ち着いて状況把握だ。呼吸を整えつつ、もう一度周囲を、見逃しが無いかじっくりと見渡す。床天上、そして三方向にはやはり無機質なコンクリ壁のみ。やっぱり出入口は目の前のアクリル扉しかなさそうだ。が、
それを挟んだ彼女側の「部屋」は……やはりこっちと同じくらいの広さの立方体空間だ。「扉」に近づいてそれ越しに向こうを覗き見ると、奥側に配置されている円いパイプ口の下辺りには、目の前のこれと同じような透明な扉が見て取れた。その先はここからは見えないが、おそらく「出入口」があるのならそこなんだろう。
いやそれよりも。
彼女の「部屋」は――ようやく僕の頭も回り始めて、先ほどからの「雨音」の正体を理解することが出来た――いや落ち着いている場合じゃない、降り落ちる多量の水は行き場を求めてどんどんその空間に満ちていっている……つまりは。
……水没しかけている。
慌てて目の前の扉の金属ノブを左右に捻り回してみるが、どうともならなさそうな硬い手ごたえがあるばかりだ。
「……」
何か、何かないか。改めて落ち着いて、「部屋」の壁際を這うようにして探し始めた僕の目に最初に映ったのは、左手の壁の真ん中あたりに取り付けられた、細長い透明な樹脂製のケースだった。これを使えということか? いや、何故「使えとばかりに置いてある」んだ? 怪しすぎる。
けど逡巡している時間は無かった。透明ケースの開け方が分からなかったので無理やり壁からむしり取るように外すと、中にあったのは固定具で引っかけられている柄の真っ赤な「斧」……だろうか。防災動画で見たことあるような、正に扉とかを叩き割る用の……怪しさは拭えないほどに漂って来ていたが、僕はもどかしくもそれを取り外し取り出す。
急いで戻ったアクリル扉から二歩ほど手前に立ち、扉向こうで狂乱の表情を浮かべている彼女に下がれ下がれと手で合図する。しかし見えてないのか、その叩き続ける動きは止まらない。分かってないようだ。だったら……
「……!!」
斧を両手に携え、ふっ、と息を吸い込むと、斜め上に振りかぶってから扉に思い切り叩き下ろす。ドム、という音と共にわずかに刻まれる穿ち跡。何度も何度も、なるべく同じ箇所を狙って銀色に鈍く光る切っ先を叩きつける。何度も、何度も。ようやく彼女も悟ったのか、ドアから一歩退いてその様子を不安げな表情で見守っている。しかし、
ダメだ。途中から明らかに材質が変わった? 刃先が滑って食い込まなくなっている。それでも何回か斧をぶち当てるものの、それ以上はもう刃を進めることは不可能のようだった。性悪なドアに穿たれた下側に弧を描く曲線の跡は、さあどうする?のような意地の悪い笑みを浮かべているかのように僕には見えた。くそ……ッ!!
その間に遂に水位は彼女の腰を上回る。再びドアを狂ったように叩き出す彼女を見ながら、しかし僕は何らかの輩の作為のような、いや「悪意」のようなものを強く感じていた。
考えてみればこんな奇妙な部屋に囚われていることもそうだし、これでもかの「水攻め」的な状況も冷静に考えればおかしい。斧が扉を破ってくださいとばかりに置いてあることもそうだし、それを使って破れそうで破れない扉もそうだ。
「誰か」はこの状況を見て楽しんでいる? 色々な選択肢を散らし置いて。それらに四苦八苦する僕たちを? 癪だ。頭に、脳に、酸素の乗っていない血液がどんどん送られてくるようで思考するたびに熱を帯びていくようだ。いや待て落ち着け。であれば「脱出の正解」、それも必ず設置されているはずだ。「それを選択すれば助かったのに」、そんな嘲笑をするために。そうだ落ち着け。深呼吸をしてから改めて部屋をもう一度舐めるように見渡してみる。落ち着いて観察するんだ。ひとつも抜け漏れがあっちゃあ駄目だ。絶対に助ける、助かる……助かってやる。
果たして右手の壁、そこに壁と同化するような灰色の薄い金属のプレートが貼られているのが見て取れた。少し腰を落として正面から見ないと分からないくらいの不明瞭さ。これか。逆にこの見つけづらさこそが「正解」のような直感。素早くそこに書かれた文字に目を走らせる。
<Rule1:赤い数字が『70』を下回りし時、ひとつ目の扉ひらかれん>
何だ? 持って回ったような言い回し。やはり作為的としか……いやそこはもう気にするな。「正解」があるのなら真っ直ぐそれに向かうだけだ。けど「赤い数字」……?
壁に顔を近づけてぐるりを巡ってみるものの、それらしき物はない。アクリル扉の方もすみずみまで探ってみるものの、どこにも数字らしきものは欠片も見当たらなかった。彼女の切迫した顔が間近に迫り、僕も息苦しくなってくる。扉を叩く手、……手首。
その瞬間、
そこに目が吸い寄せられた。細い手首の左側だけに黒いバンドのような物が巻かれている。激しく動かされているが、それゆえ「赤い光の軌道」が強調されて僕の目に飛び込んで来た。
あれか。LEDか何かの、光る「赤い数字」。だが数字がいくつなのかは見えない。身振りで彼女に手首を見せろと示すが、伝わらない。くそっ、こんなままならないやり取りも「作為」のうちに入っているんだろっ。
ヒートアップしたジェスチャーを続ける僕だったが、ふと、シャツの袖口が裏側から「赤い光」でうっすらと照らされているのに気づく。僕にもバンドが付けられていた……? 急いで袖をまくると、樹脂製のデジタル腕時計のようなものが確かに僕の左手首にも嵌められている。液晶には大きく<098>とだけ表示されているだけだけど。
この数値を「70未満にする」……? そもそもこの数字は何を表しているというのだろう。
分からない。そのバンドを見たり触ったりするけど、画面をいじっても何も変わらない。他にボタンとか何も無い。自分の鼓動が感じられるほど焦りがこみ上げて胸の辺りを回っているようだ。数値は逆に<102>から<105>へとどんどん増えていってしまっているけど。
視線を上げる。彼女の胸元まで水が迫っている。既に諦めてしまったのか、彼女は顔に貼り付いた長い髪を払うこともせず、水の中をただ翻弄されながら漂い始めている。時間が無い。が、
こういう場合こそ、落ち着くことが肝心なのでは。僕は極めて恣意的に深呼吸を繰り返す。何度も何度も。と、
<91>……<89>
……数値が徐々に下がってきている。そういう……ことか。何となくその正体が見えてきた。
彼女に背を向けて腰を降ろす僕。胡坐をかき、耳穴に指を突っ込んで目を閉じる。何も見るな聞くな感じるな。落ち着くんだ。落ち着くことだけが彼女を助ける道。鼓動を……「心拍数」を下げるんだ。
閉じた瞼に浮かんだのは、ふたり一緒にいるだけで楽しかった時の光景だった。静かに微笑んでいる彼女が側にいる。僕も多分笑っているのだろう。そうだよ、僕は彼女といる日常に慣れ過ぎて、大切なものを見失っていたんじゃあないだろうか。と、その瞬間、
カシィン、と金属が打ち付け合う音が僕の耳に届く。目を見開き、左手首に視線を落とす。<69>。
勢いよく立ち上がり振り返りつつ、アクリル扉に取りつくようにしてへばりつくと、ノブを思い切り右へ左へ回す。瞬間、既に天井近くまで迫っていた水が、ドアを弾き飛ばさんばかりにこちらに向けて抗えないほどに勢いよく流れ込んできて、僕は思い切り硬い床面に尻餅をついてしまう。痛い。だが、構わず必死で両腕を伸ばす。流され倒れ込んでくる彼女を、絶対に受け止めるために。
「……!!」
何とか抱き留めた腕の中で、ずぶ濡れの彼女はぐったりとしたままだ。息は? と確かめようとした瞬間、咳き込むと思い切り水を吐き出した。生温かい水が僕の顔にもかかるが、とにかく良かった。と、
「……わ、私あいつに騙されてこんな……ごめ、ごめんね。でも……私のために必死に……うれ……しい、愛……してる」
彼女はあの頃のような愛しい眼差しで僕を見上げながら、そんな言葉を紡ぎ出してくれた。ずっと緊張と恐怖で詰まりっぱなしだった僕の胸が、何かあたたかいもので膨らんでいくようで。彼女が仕組んだのか、何者かに騙されたのか、それはもうどうでも良かった。無事で……本当に良かった。
「僕も……愛しているよ。君のためなら何だってするさ」
お互いをお互い抱き締め合う僕らだったが、安堵するにはまだ早い。一旦は下がった水位だけれど、水の流入は止まっていない。であればもう、脱出するしかない。僕は彼女の体を優しく離すと、膝まで満ちて来た水を蹴って、彼女のいた「部屋」を目指す。奥面のもうひとつの「扉」。多分、だけどそこから外へと出られるはずだ。しかし、
「……」
案の定、その扉は開かない。先ほどのと同じくアクリル製と思わしき透明なその向こうには、上へと続いてるらしき金属製のハシゴのような物がすぐそこに見えているというのに。
いや落ち着け。開ける手段は必ずある。Rule「1」。さっきのプレートには確かにそう書いてあった。「1」があるなら「2」もあるはずだ。
扉の右下。水に飲まれて灰色の排水溝のような長方形が揺らいで見える。排水溝ならこのくそったれの水を流してくれるはずだが、その気配は無い。それにこの形状はさっき見た。「プレート」だ。
何とかそこに書かれた文字を見ようと顔を近づけるが、流れる水によって歪んで見えない。プレートを壁から引っ剥がそうとするも、外れる気配すら見せない。どうする……? 落ち着いて考えろ。手段は絶対にあるはずだ。僕は呼吸を思い切り深く長く続けながら、この場にあるだろう「手段」に思考を巡らせていく。
そうだ。僕はまた水を掻き分けつつ最初の部屋へと引き返す。いつの間にか赤い斧を抱えるようにして胸の前で持っていた彼女が、びくっとしながら、これ……? と手渡そうとしてくるけど、違う。それでは扉は破れない。そいつはただ時間を浪費させるためだけの罠だ。僕は水に半分浮かんでいた透明の樹脂ケースの方を手に取り、再び第二のプレートの前まで戻り、ケースを水に浸けてその先に目を凝らす。
見える……ッ!! <Rule2:……>の文字が。やったぞ。思った通りだ。「何かしらの手段は絶対にある」。だから絶対に、助かる道はあるんだ。僕は慎重にケースを操り、その先を読むため身を屈める。と、
<……赤い数字が『0』で止まりし時、ふたつ目の扉ひらかれん>
「0」? ……「ゼロ」、だって? 鼓動……が? その瞬間、僕の首の右側の付け根あたりに、鋭く熱い衝撃が撃ち込まれたのを感知する。喉奥から塊のような赤黒い血が勝手に迸り出た。そう……か。「水」が満たされる前、前ならこのプレートの文字は普通に読めたはずだ。
震えを止められないまま、それでも何とか振り向いた僕の目には、赤い斧を振りかぶった彼女の姿があって。
「……ありがとう、私のために。……何だってしてくれるんだよね?」
再び振り下ろされた斧は僕の眉間を正確にとら
(終)
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